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麺 の 文 化 史



瀬 野 俊 樹
2017年12月29日



 「麺の文化史」は、民族学者であり食文化研究で有名な石毛直道博士の「」の物語。(石毛直道著・講談社文庫)
 博士は「麺」を民族学、文化人類学のテーマとして探究した世界で初めての書と自負される。

 古代オリエントで発見され、シルクロードを通って伝えられた小麦が、中国の華北地方で本格的に栽培されたのは、紀元前2世紀前漢のころ。直前の戦国時代遺跡からは製粉のための石臼がいくつも発見されている。小麦は種子の外壁が硬く吸水し難いので、コメのように粒のまま茹でて食べる粒食は出来ず、臼などでひいて粉にしてこれを加工して食べざるを得ない。

 中国では小麦粉を使った饅頭、包子、焼売、焼餅、油条など数多くの食品が生まれたが、6世紀南北朝の時代には、水の中で麦の粉をモミモミして指を使って延ばす水引麺(手延べ麺)が作られるようになり、更に唐の時代になって薄く伸ばし包丁で切る「切り麺」製法が普及した。宋の時代には首都開封の中心部には多くの飲食店が軒を並べ、様々の麺が提供されたという。

 小麦はグルテンが豊富なので、その粘り気を利用して長く伸ばして麺を作ることが出来る。しかしソバやコメなどの他の穀物を使っては、同じような方法で麺を作ることが出来ない。このためシリンダーに細かい穴をたくさん開けて、梃子を使って熱湯の中に押し出して固める押出し麺の技術が発明され(ソバ粉を使う朝鮮半島の冷麺繋ぎは緑豆、ジャガイモ澱粉など、緑豆などの春雨、コメ粉のビーフンなど)、また東南アジアでは米粉に水を吸わせ、粉砕したシトギを熱湯の上に膜のように張って作る河粉製法(ベトナムのフォーなど)が生まれたのだという。

 日本の蕎麦は、繋ぎに小麦粉を使うことで切り麺として作られる珍しい存在のようだ。蕎麦が出現したのは15世紀。うどんよりはるかに後であり、しかもうどんの代替物でしかない蕎麦が、格の高い麺として存在するのも日本独特の現象という。

 この本を読むと、「食」はその加工技術や食習慣など「食文化」と切り離せないことが納得される。

 熱いスープをかけて食べるラーメンや日本の蕎麦、うどんは箸と自分自分の器(共用器に対して銘々器という)のある東アジア、東南アジアにしか存在しない。当たり前だが手つかみで熱い面は食べられない。

 あるいは、切り麺を作るには、製粉する石臼をはじめ、麺棒を作るロクロや平らで大きな板(麺台)を削るための鉋の発達・普及が不可欠であること。日本では手延べ麺の系列である素麺は奈良時代からあり、またうどんも上流階級限定ならば鎌倉時代には出現しているが、庶民の口に入るようになったのは(しかしハレの日の食べ物として)、これらの条件が整った江戸中期以降であろうということなどなど。

 この本のクライマックスは、中国文化圏に広く分布する麺が、遠く離れたイタリアに忽然と出現する謎を推理するくだりだ。マルコポーロが持ち帰ったというのは根も葉もない話。このミッシングリングは果たして見つかるのか? これは読んでのお楽しみですね。

                                                (了)


<管理者からひと言>
◇瀬野俊樹氏は、横浜の洋光台団地を中心に活動する洋光台男声合唱団に所属しています。洋男は、1985年に結成され、現在約60名のメンバーを擁する合唱団です。音楽監督はバリトン歌手の宮本益光氏(東京藝術大学声楽科卒 同大学大学院博士課程修了)。

瀬野氏は東北大学男声合唱団出身のバリバリのベース、東北大学OBが結集したトンペイ・メモリアルズにも所属しており、東京はじめ各地で演奏する機会を持っています。関東おとうさんコーラス大会、彩の国男声コーラスフェスティバルにも神奈川から参加してくれています。

◇トンペイ・メモリアルズは、2001年に昭和52年卒団の須田信男氏(埼玉県合唱連盟常務理事・男声合唱団メンネルA.E.C.指揮者)のお声掛けで、51年~59年卒団のメンバーで発足した期間限定プロジェクトということです。因みに、トンペイとは<東北>のことです(';')

◇時節柄、年末といえば年越しそばです。タイムリーな話題を提供して頂きました。文中最後にミッシングリングという聞きなれない言葉が出てきましたね。これは、生物の進化を例にして要約すると、「種族A「種族B「種族C」の順に進化する過程があったとした場合、進化の過程で次第に変化してゆきますが、Bを飛ばしてACを比べると、その間に劇的な変化が発生しているようにみえる場合があるそうです。その劇的変化の中間の「種族B」がどのような存在だったのか、また、そもそも「種族B」が存在したのかどうかすら不明な状態において、そこから仮定される「種族B」をミッシングリンクというようです。


 



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