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大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ




加 藤 良 一   20181025
 


 <芸術新潮>20183月号は、超能力ならぬ「超老力」と題する特集でした。「長老」を文字った「超老」という面白い造語ですね。ちょっと気になります。

 「超老力」とは、
 それは身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。
 蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみから解放されて自由にはばたく表現欲─。
 80歳を超えた現在も、魅力的な作品をひたむきに作り、美術界を牽引しつづける大先輩たちの「超老力」から心ゆたかに、美しく生きるヒントを探ります。


 アーティスト横尾忠則さん(82歳)のアトリエへ香取慎吾さん(41歳)が訪問しての対談をメインに、美術家・篠田桃紅さん(105歳)、洋画家・野見山暁治さん(96歳)、染色家・柚木沙弥郎さん(95歳)、画家・安野光雅さん(92歳)、霧の彫刻家(?)・中谷芙二子さん(85歳)など各界の第一人者が勢揃いして、その「超老力」を如何なく発揮する姿を紹介しています。


YOKOO Tadanori
 横尾さんと香取さんの共通点は絵を描くこと。横尾さんは、「芸術にとって老化は進歩です。」といます。

 45歳のある日、ニューヨークのMoMaでピカソ展を観ている真っ最中に、突然、画家に転向すべきだっていう内なる声が聞えたんです。美術館に入るときはデザイナーだったのに、出るときは画家になっていたんです。そのくらい、ピカソ展の23時間で人生に激変が起こってしまった。なぜかは今考えてもわからないんですけど、でも、運命的いたずらってそういうものなのかもしれないなって。


 横尾さんは、美術大学には入りませんでした。

 美術の学校へ行けばありとあらゆるテクニックを教えてくれる。だけど、時間はかかっても独学のほうが自由に描ける。アカデミックな範疇から逃れるのは大変。…聞くなら自分の肉体の内なる声を聞くのが間違いないですよ。


 横尾さんの辿った道は、ほとんど独学で音楽を学んだ作曲家の武満徹さんと同じですね。

 これからどんどん老朽化していきますよ。でも、それがいいんです。自分のアートを達成させるために、欲望、野心、煩悩みたいなものをいかに減らしていくか、そのための老化なんです。だから僕は、年を取ることもありがたいなと思うんですよね。


 余分なものを削ぎ落してゆくには時間が必要、それが老化だから、若い時には得られなかった何かを引き寄せるためのものだといいます。


SHINODA Toko
 「あたくしはもう。半分死んでいるようなものですから、話半分に聞いてくださいよ」と切り出したのは、105歳という最長老の美術家・篠田桃紅さん。

 人間は機会と違って生き物だから、同じものなんて作れない。どんな時も、二度とできないものを作っているんです。 体力というものは、あればあるように描くし、なきゃないように描くんで、それほど重要なことではないでしょうね。
 だいたい、心がそれほど制作に集中しているわけでもない。何となくやっているところがあるんです。思うようにいかないからと、やけになることもない。それほど仕事に熱心じゃないの。打ち込んで、必死な想いで制作するなんてことは一度もない。楽しんでもいないし、苦しんでもいない。ちょっと面白半分というところ。


 
「体力というものは、あればあるように描くし、なきゃないように描く」し、「必死な想いで制作するなんてことは一度もない」と飄々と答えています。こんなにものごとに拘らない考え方には驚かされます。これが長生きの秘訣でしょうか、などどいったらそれこそ下らないと一蹴されそうですが…。


NOMIYAMA Gyoji
 野見山暁治さんは、「ともかく日本人は、年齢によって行動を制限されるようなところがあります。年齢を数えるのは人間だけです。庭の片隅にうずくまった犬は、俺も歳を取ったな、なんてぼやきませんよ。」と、日本人の悪い癖を嫌います。

 以前フランスで出会った70歳くらいのおばあさんが、急にドストエフスキーを原語で読みたくなってロシア語を勉強し始めたというので、「へえ、その歳で始めたんですか」って感心したら、「日本では勉強するのに年齢の制限があるのか?」って訊かれてしまったそうです。テニスを70歳から始めるのはちょっとお薦めできないけれど、語学だったら大いに推奨したいものです。
 

YUNOKI Samiro
 芸術分野における染色の理解をもっと深めて欲しいと願う柚木沙弥郎さんは、染色の良さや価値をして欲しいと、つぎのように指摘しています。

 フランスでは工芸とか染色とはいわずに、アートはアートなんだ。それが一番嬉しかった。日本はだいたい美術館が工芸をあまり相手にしないですね。上下をつけないまでも区別はする。骨董的な価値や技術以外の観点で批評できる人も少ないから。もっと新しい見方をすればいいと思うし、そのための風穴を開けたいと思ってやっているけれども、なかなか難しいね。


 創作活動に行き詰まったとき、「歯磨きのチューブでも、もう出ないかなと思ってしごいていくとあと一週間は使えるんだよ。人間も、能力がないと思ったらおしまい。しぶとく探せばまだあるんだよ」と、もうひとつ深く掘り下げる努力が欠かせないと仰います。


ANNO Mitsumasa
 安野光雅さんは、繊細な風景画やだまし絵などアイデアに満ちた作品で人気があります。

 学校を辞めて、これで自由に絵が描けると思って、ヨーロッパに行ったんです。1963年、37歳のときでした。昔は、明治時代の原田直次郎や黒田清輝がそうであるように、渡欧経験の有無が評価を左右した。それが絵の判断基準っていうのが情けないよね。」


 旅先でのスケッチを載せた『旅の絵本』は、1977年から刊行が始まり、シリーズは既に8冊を超えています。


 初めは、言葉がないから何のことかわからないって言われたこともありました。でもヨーロッパでも何処でも、空に言葉は書いてないいないよね。その土地の風景を描いたんだから、絵に言葉がないのは当たり前なんです。音楽もそうだけど言葉の説明を仲立ちにして絵を理解しようとするのは違うと思う。


 そして唐突に出てくる読書の薦めにはちょっと面喰いました。「絶対、本は読んだほうがいい。ぼくは本を読んだ人と読まない人では、顔つきが違うと思っています。」

 昔、中国にあるパール・バックの記念館を訪ねたとき、残念ながら休館だったそうです。それでも諦めきれずに裏手へ回ってみたら、そこには本を読んでいる飛びっきりの美人がいました、とさ…。「本当に本を読むと美人になれると思う。お化粧をいくら頑張ったって、目鼻が動くわけじゃない。それに、口紅ひとつで本が何冊買えますか? お化粧をやめよ、本を読め。…」

 
 ほかにも多くの「超老力」者が紹介されている中に、55歳から80歳の男女48人で活動する「さいたまゴールドシアター」がありました。故蜷川幸雄さんが芸術監督を務めていたときに結成された高齢者劇団です。合唱仲間の森下竜一さん(男声合唱団メンネルA.E.C.)が所属しています。この劇団が2014年に日本・香港・パリと公演した時、主宰者の蜷川幸雄さんは79歳、森下さんは85歳でした。何とも驚異的です。


 「老い」の対義語にあたる言葉は、「若さ」でしょうか。
 「若さ」をいくつかの辞書で調べてみると、「 若いこと。また、その度合い。 活力に満ちていること。 未熟であること。」といずれも同じような解説がなされています。これはWebsterなどの英語の辞書でも同じようなものです。この中で生物的なエージング、老化つまりオギャーと生まれてからご愁傷様ですと死ぬまでに重ねる年齢に関わるのは、1の「若いこと」で、23は年をとることとは直接関係しないように思います。如何でしょうか、各界の超老者は、年齢にかかわらずユニークな生き方を実践されていますね。伊達に齢を重ねることなく、未熟さから脱し、活力に満ちた人生を送りたいものです。

 この特集は芸術新潮だから当然ながら芸術家・アーティストに焦点を絞っていますが、音楽の世界にも「超老力」を持った方がたくさんいます。音楽の友社か音楽現代社あたりが特集を組んでくれたら面白いですね。

 

 



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