2020年紅白歌合戦に思う
島﨑弘幸　イセたまご研究所所長／日本油脂化学会名誉会員
NHKの紅白歌合戦。一番古い記憶をたどってゆくと、昭和30年頃の実家の布団の中になる。当時はラジオの生活で、浪曲の全盛時代でもあった。毎晩のように親父が聞く浪曲を一緒に布団の中で聞いていたが、そんな子供時代の紅白歌合戦の記憶になる。　その次に思い出すことは、祖母と電気こたつに入って、お菓子やみかんを食べながら、テレビで紅白歌合戦を観た記憶になる。祖母は村田英雄や、こまどり姉妹のファンだったが、毎年、紅白歌合戦を楽しみにしていた。その頃は、高知市（五台山）もまだ自動車が少なく、深夜は静かだった。布団の中で、浦戸湾を挟んだ対岸の寺、竹林寺（四国八十八か所31番札所）で打ち出す除夜の鐘を聞いていた。この寺は、昔、修行中の青年僧が、地元の鋳掛屋の娘に恋をして、そっとかんざしを買ったことから「土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た」と、今に語り継がれている。　幼いころから、年末はたいがい紅白歌合戦を観て過ごしていたが、ここ数年は興味を失って、テレビでも観ることはなかった。一時期ゴルフに凝っていたこともあり、年末年始は、女房と比較的温かな房総や、茨城の宿泊付きのゴルフ場に出かけて、元日のゴルフを楽しんでいた。元日のゴルフ場は、お屠蘇や紅白のまんじゅうなどの接待があって、プレイヤーも少なく値段も安いのでおすすめである。　2020年の紅白歌合戦は、コロナで正月休暇中の自粛が求められていたこともあり、ゴルフ場には行かず、自宅でテレビを観て過ごした。久しぶりに紅白歌合戦のすべてを通して観たが、とても面白かった。我々の世代の演歌は半減していて、時代が変わったことを認識した。一度も見たことのない歌手が、一度も聞いたことのない曲を歌っていたが、さすがに選ばれたトップシンガーが、ヒット曲を歌うだけあって違和感はなかった。NHKの演出に乗せられたのか、全体を通して十分に楽しむことが出来た。　ただ思うに、演歌が紅白で歌われなくなったのは、新しい演歌のヒット曲がないためではないか。昭和、平成の時代に活躍した、実力のある作詞家や作曲家が、ここ数年、相次いで亡くなっている。つい最近も作詞家のなかにし礼、作曲家の筒美京平、中村泰士氏ら実力者が亡くなり、その後に続く若い人が、あまり演歌の道で活躍をしていないように思う。紅白歌合戦以外のＮＨＫの歌番組を観ても、出演歌手は、自分の持ち歌よりも昔（昭和）のヒット曲を歌うことが多い。ただ、我々は、昔の歌手本人の歌声がしっかり耳に残っているので、若い人がどんなにそれらしく歌っても、なんとも物足りなさを感じてしまう。裕次郎やひばりの歌を、今のどの歌手が歌っても、超えることはできない。今の若い世代にも、優れた作詞家や作曲家はいると思うが、かれらの多くはシンガーソングライターとして自ら歌っており、いわゆる演歌歌手に演歌を提供する人はいないのかも知れない。　私も歌が好きで、カラオケ歴は長い。日本橋に、今も時々通うスナックがあって、ボトルを入れてから20年近くになる。このスナックに通うきっかけは、先輩の今は亡き理科大教授のU先生で、ついて来いという言葉の後について入ったのが最初だった。感じの良い店で、カラオケも歌いやすく、ママの人柄が良い上に、歌うとしきりにほめてくれるので、ついつい調子に乗って、何時しかU先生抜きで出入りするようになっていた。もっとも、一人で行くことはなく、年に何回か日本橋で会合があるとき、懇親会の後、二次会と称してその場の誰かと連れ立って行った。　「一人で行くことはない」というのは本当で、実は、私にはスナックの女性を笑わせて遊ぶようなセンスがなく、一人で行ったのでは、まったく間が持たなくて、自身楽しくないからでもある。めったに行かなくても、ボトルはそのまま置いてあり、こんなに古くなると、アルコールが酢に変わっているなどと冗談を言いながらも悪い気はしなかった。それが長く続いた理由の一つでもある。　大学教員時代、学会活動などいろいろと役職を担っている頃は、会合の二次会として良く通った。定年になって、契約社員として東京の会社に再び勤め始めた後も、職場の人を連れて何度か行った。仕事上で知り合った、初対面の人と打ち解けるには、一緒に飲んで、歌っていれば自然に気心が分かる。大きな声で歌えば、気分も晴れる。　ある時、勤め先の社長をつれて行ったところ、日頃無口の真面目人間が、突然、店の若い女性とAKB48の曲を歌って踊りだしたのには驚いた。企業戦士で、社長までのし上がる人は、ONとOFFの振れ幅が、大学教授の比ではないと思った。もっとも、彼はその日、本気ではじけていたように思うが・・・。ほどなく彼は定年で退職した。65歳の踊る社長を見ながら、改めて、人は地位や見かけや年齢で判断してはいけないと思った。　エピローグ　この原稿を書いている2021年１月17日は、26年前に阪神大震災で多くの犠牲者を出した日である。その後も東日本大震災や河川の氾濫など、考えられない大きな災害が続いているが、今回の新型コロナウイルスによる世界的な大流行（パンデミック）も本当に驚いた。医療や科学や社会生活、あるいは衛生面でも、およそ百年前のスペイン風邪の時代と同じではない。進歩していると思っていたが、新型コロナウイルスのパンデミックを止めることはできなかった。科学が進歩したのは事実だけれど、未知の世界には我々の想像を絶する大きな闇も存在することが分かった。カラオケで心置きなく歌が歌える平凡な暮らし、一日も早いパンデミックの終焉を願っている。
2021/1/18

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