M-137

ミュージカルを楽しむ

ブルースな日々「夢に向かって」

 


加 藤 良 一


2016年9月27日






 今年の夏、職場に近い築地の居酒屋「元帥」の女将、高沢ふうこさんがミュージカル<ブルースな日々「夢に向かって」>に出演するというので、仲間と一緒に築地ブディストホールに行きました。
 築地ブディストホールは、その名のとおり築地本願寺内に付属しているホールです。プロセニアム形式という舞台が額縁状の構造物で仕切られた形のホールで、客席164席のこじんまりした手ごろなサイズです。

 「元帥」は、もともとは昼も夜も店を開いていますが、昼はふうこさんひとりで切り盛りしているのでてんてこ舞いです。そんなことから、舞台活動が忙しくなるにつれ、昼は月水金のみの営業となってしまいました。また舞台が近づくと昼の営業はさらに減り、6月の本番前は木曜だけしか開かないというちょっとお気楽な店です。ただ夜はフル開店です。

 ふうこさんのご出身は、山形県です。以前ある劇団を主宰していたことがあり、2009年に解散するまで10年間活動していました。現在はフリーで舞台役者をしています。いっぽうで、得意の喉を生かして音楽CDも出しています。さらに、小唄や端唄は名取として三味線までこなすという多彩な女性です。
 彼女の今回の役どころは、バンドと一緒にストーリーの進行に従ってコーラスとして歌いながら場面展開をすることでした。もちろん居酒屋の女将役として寸劇もやりましたし、ソロを披露する場面もありました。
 バンドは、キーボード、ギター、カホンという最近よく見かける木製の箱型打楽器という編成、そこへコーラスが加わって劇を進行させます。もちろん出演者は全員歌います。このミュージカルは、バンドとコーラスが奏でるブルスによって舞台を進める新しいスタイルの音楽劇と位置付けています。

 「ブルースな日々」のストーリーは、弁護士志望の竹之内(参川剛史)という男が司法試験に何度挑戦しても落ち続け、ついに弁護士の夢を諦め、たまたま小さな劇団の制作係にバイトとして雇われることになったものの、その劇団たるや、破天荒で常識はずれな座長(金すんら)はじめ、才能が開かず悩みながらそれでも夢を追い求める役者たちの集まりだったというところから始まる、笑いあり涙ありの人生劇場といったところ。

 脚本・演出は是枝正彦さん。このミュージカルは、1作目の「ああ~ガス欠!」の続編として書かれたもので、いずれにせよ70%は実話、是枝さん自身の愚行(?)の数々とのこと。プログラムにメッセージが載っていました。
 芝居を生業としている生活は、米を作っているわけでも、川に橋を架けてるわけでもない、世の中の役に立つことなんて何もやってないと言われることもある。夢を売ってると力んでみても、すぐにただ夢を見ているだけと言い返されそうな、おかしくも哀しい、まさにブルースな日々。なぜこんなことしてるんだろう? 自問自答の日々。でもそこへ向かうべきソコが見つかっていれば、結構なんでも乗り越えていけるものなんです。幸せなんです。

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 劇団にとって大切な初日を目前にして、あろうことか裁判長役の座長が冒頭の判決文を読み上げるそのセリフが気に入らないと言い出し、稽古を休みにして台本直しに取り掛かってしまいました。完璧なものを目指す座長と少しでも早く稽古を進めたい座員とのあいだで無用な軋轢が生まれてしまいます。
 そうした中で、まじめだが気が弱い制作係の竹之内は、成り行きをハラハラしながら見守りつつも、才能がないなら辞めてしまえというような厳しい言葉を吐いたりもするという面白い役割を担っています。
 夢に向かう一途な団員たちの可笑しくも哀しい日々を描きながら、泣かせる迫真の場面も盛り込んで最後はハッピーエンド。竹之内は秘かに思いを寄せていた女性団員の後押しで、もう一度司法試験チャレンジの決意をし、一座は大団円を迎えます。フィナーレはそれまでの場面をフラッシュバックのように次々に再現し、あらためてストーリーを思い起こさせる心憎い演出で幕となりました。

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 主役の金すんらさんは、元は劇団四季に所属していました。「美女と野獣」の野獣役、日韓二か国で演じた「ライオンキング」のスカー役、その他さまざまな役柄で18年間活動しましたが、2013年を最後に退団、その後フリーとなりました。

 脇役陣もそれぞれ個性的、一部を除いてダブルキャストとなっていました。オカマっぽい花田役の鹿志村篤臣(かしむら あつし)さんは、音大声楽科卒のバリトン(!?)で、存在感のある演技や歌唱で楽しませてくれました。

 客席二百にも満たない小さなホール。客席と舞台の距離が近く──というよりほとんど境目がないし、俳優の息づかいまでもが聴こえるような親しみの持てるミュージカルでした。

 



      

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