ハミングに続けて母音を鳴らすと音が下がらない!
加 藤 良 一
◆声楽指導者、経験・体験から科学的アプローチへ
声楽の難しさが今さらながらにわかる逸話は枚挙に暇がありませんが、そこへすこしでも科学的な客観性を盛り込んで本当の理解へとつなげる方法はないかと模索している方々がいます。
男声合唱団コール・グランツのメンバー田村邦光氏は、日本声楽発声学会第104回例会(2016.11)で事例研究を発表しました。その詳細が「声楽発声研究No.8」(2017.3)に掲載されています。
今回の研究テーマは、歌唱のときの声の特性を科学的に解明すること。声を客観的に評価し、歌い方改善の一助にすることを目的とした研究です。すなわち声の要素を数値データとして表し、歌唱における発声と物理情報との関係を解き明かそうというものです。
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実験手段として、各種録音装置を用いて採取した声をオシロスコープにより音声分析を行い、声の物理情報すなわち、高さ(周波数)、倍音構成、フォルマントについて調べました。
被験者は、次の3グループ。合唱経験者の中に、男声合唱団コール・グランツのメンバーも入っています。
個人の発声は、コンデンサーマイクから20pほど離れたところで、基準になる音に合わせてハミングと母音をさまざまに発声することでサンプリングしました。
詳しいことは省きますが、結論を並べると以下の通りです。
ピアノなどで出した基準音に対して、ハミングで「ン──」と発声するとほぼ近い音が出るが、母音を単独でいきなり発声すると一般的にハミングより音程が下がる(周波数が下がる)ことが証明されました。また、ハミングに続けて「ン──ア──」のように母音を発声すると音程が維持される傾向が強いこともわかりました。これらの現象はこれまでも経験的には知られていましたが、データとしてまとまったものはありませんでした。
ふだんの合唱の発声練習のときにハミングではきれいに鳴るのに、母音や子音となると濁ったりする原因はここにあるのかと納得できました。ただし、この理屈がわかったところで合唱が格段にうまくなる保証はどこにもないわけで、一歩一歩着実に、気の長い練習の繰り返しが必要なことはまちがいありません。また合唱は当然発声だけがすべてではなく、ほかにも表現力など総合的な音楽性が求められわけですから一筋縄ではいきません。
◆ウグイスとウシガエル
「良く響き、遠くに届く声」の実験には、ソプラノのロスアンヘレス、アルトのアンダーソン、テノールのパバロッティ、バリトンのディースカウ、バスのシャリアピンという大歌手の周波数スペクトルを分析して、前述のような2000─3500Hzのシンガーズ・フォルマントといわれる成分を検出しています。
通る声と通らない声の典型例として、ウグイスとウシガエルの鳴き声をフィールドワークで採取したデータが示されています。ウグイスの声が遠くまで届くことは誰しも知るところと思いますが、その鳴き声にはシンガーズ・フォルマントに相当する2500─3500Hzの成分が含まれているのです。ですからその鳴き声は100m以上先まで届きます。
いっぽうでウシガエルはというと、1000Hz以下が主成分で、複数の基音はあるものの倍音がすくなく、高い周波数成分がありません。その結果、10mも離れると聞こえなくなってしまうのです。
なるほどウグイス嬢とはよく言ったものですね。われわれはなんとかウシガエル状態から脱出しなければなりません。
2017年6月20日
M-143