木下牧子作品展4 ピアノ・プラス ─ ピアノ回帰宣言 ─ |
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加 藤 良 一 2017年10月18日 |
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10月5日東京文化会館で作曲家木下牧子さんの4回目にあたる作品展を聴きました。2008年に開かれた第3回作品展以来9年目の個展です。 1回目(1999年)は「歌曲の夕べ」、2回目(2001年)は「合唱の世界」(室内合唱+室内オーケストラ)、3回目(2008年)は「室内楽の夜」(パーカッション・アンサンブル)というプログラムでした。そして、今回は「ピアノ・プラス」と題し、ご自身の原点であるピアノを中心にした、ソロ、デュオ、トリオ、カルテットと、バラエティに富んだステージとなりました。 木下さんは、当初ピアニストを目指して東京都立芸術高校音楽科ピアノ専攻に入学しましたが、2年次からは作曲に転向しています。その後東京藝術大学作曲科に入学、本格的に作曲活動を始めました。 20代の若い頃は「オケにしか興味」がなくもっぱらオーケストラ作品を手掛けていましたが、一転して30代では合唱が中心となり、その後、歌曲にも分野を広げています。30代で「オーケストラ作品で方向性を見失ったこと」が、合唱や歌曲の声楽分野に没入するきっかけとなりました。管弦楽、吹奏楽、室内楽、声楽、オペラなど幅広いジャンルにわたる作品群があります。 2014年にCD<もうひとつの世界>がリリースされた頃、「これからはまた原点に戻ってピアノ曲を中心に作曲してみようと考えている」と仰っていました。以来、ピアノ曲に集中して作曲を続け、今回の「ピアノ・プラス」へと結実したのではないでしょうか。どの作品を聴いても「(私の作品は)現代音楽ですが、奇を衒うのでなく、個性的に美しく、というのを目指す」というスタンスを貫いています。 木下さんの合唱曲は、まさに老若男女を問わずどの年代層にも好まれるものが多く、ピアノへの回帰宣言をした現在、当分のあいだ合唱曲の新作が出て来ないのでしょうか。残念ですがやむを得ないですね。いずれまた声楽曲も手掛けて頂けることを願っています。 今回の作品展を支える出演者は錚々たるものです。木下さんの個展に対する並々ならぬ意気込みが感じられます。 冒頭、永野光太郎さんによって演奏されたピアノのための「6つのフラグメント」は、個展と同時に会場でも販売されたCD<夢の回路>にも収録されており、ステージでの演奏初演となりました。CDはもちろん永野光太郎さんによるもので、他に「夢の回路」と「9つのプレリュード」も収められていました。 永野光太郎さんは、木下さんが絶賛する若手の実力派ピアニストです。会場では合せて楽譜も販売され、多くの方が買い求めていました。 「6つのフラグメント」は、CDのために新たに書き下ろされた曲です。「フラグメント」即ち「断片」というとおり、小曲を6曲並べた作品です。CDのライナーノーツによれば、「一曲ごとに特徴的なモチーフを使いながら、あえて大きく展開せず途中で断ち切る」作曲手法を採り入れています。
どの曲も予断を許さないかのように突如として音楽が断ち切られ、終わってしまいます。一瞬の静寂ののち、頭の中にそれまでの音の塊が残像のように響いて残ります。 アルト・サクソフォンとピアノのための「夜は千の目を持つ」、ピアノ4重奏のための「もうひとつの世界」、マリンバとピアノのための「時のかけら」は、前述のCD<もうひとつの世界>に収録されています。前二者のタイトルは、作曲後に付けられたもので、作品自体に物語性はないといいます。器楽曲の場合、純粋に音の構築で組み立てていくので、特別な意味合いはなく、むしろ曲の雰囲気を表しています。 「時のかけら」は今回がステージでの演奏初演。マリンバとピアノの組み合わせは、意外にありそうでないということで手掛けています。 また、唯一の歌曲、「涅槃」は、萩原朔太郎の詩に曲を付けたもので、そもそもは藝大時代の作品ですが、何度も手を加えてきているようです。オリジナルはソプラノ歌曲でした。今回の個展に向けてアルト用に音域を下げ、チェロを追加した編曲トリオ版は初演となりました。 最終ステージ「2台ピアノのための『パズル』」は今回の作品展のために、あらたに書き下ろした新作です。作品展の案内チラシでは「2台ピアノのための新作」となっていて、その段階ではまだ曲名が決まっていませんでした。それほどギリギリまで作曲活動が続いていたのでしょうか。 2台のピアノは向い合せに配置されていました。ステージ上手に向かってセットされた第一ピアノ(永野光太郎さん)は奥側に配置されていました。このピアノの蓋は全開でした。かたや下手向きに置かれた第二ピアノ(佐野隆哉さん)は手前側で、蓋は完全に取り外されていました。このように2台のピアノの条件が異なっていますので、音量バランスの調節に手こずったようですが、実際の演奏ではバランスに違和感はとくにありませんでした。 永野光太郎さんと佐野隆哉さんの呼吸がピッタリと合い、スピード感溢れるスリリングな掛け合いには手に汗を握るような感覚さえ覚えました。個展のフィナーレを飾るに相応しい新作でした。 |
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