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加 藤 良 一       2018年12月13日
(主に5の項目を加筆修正)  12月15日

 

 はじめに
 全日本合唱連盟発行の機関紙『ハーモニーNo.186(秋号)』に掲載された全日本合唱連盟顧問野村維男氏の「合唱に未来はあるのか?〜社会生活基本調査から見える課題〜」は、現在の合唱界が抱える多くの問題点について指摘しています。
 野村氏は、総務省統計局の「平成28年社会生活基本調査生活行動に関する結果」(平成29714日)をベースに、全日本合唱連盟の資料とも比較しながらいろいろな側面から検討し、問題提起しておられます。それに対して私なりに問題を整理し、できることなら解決策のひとつでも見いだせればと願いますが、ことはそう簡単ではありません。おそらく現状を把握するのが精一杯ではないでしょうか。


 社会生活基本調査
 まず、社会生活基本調査とは何かを簡単に確認しておきます。これは、「国民の生活時間の配分及び自由時間における活動を調査し、仕事や家庭生活に費やされる時間、地域活動へのかかわりなどの実態を明らかにし、各種行政施策の基礎資料を得る」ことを目的として、昭和51年の第1回調査以来5年ごとに実施されているものです。
 野村氏が引用した平成28年調査(1020日現在)は、全国の世帯から無作為に選定した約88千世帯に住む10歳以上の世帯員、約20万人が調査対象でした。もっともこの調査内容をあまり深く追求しても本論から外れるばかりですからここではほどほどにしておきます。

 この調査では、「学習・自己啓発・訓練」「ボランティア活動」「スポーツ」「趣味・娯楽」「旅行・行楽」の5分野に分けて質問しています。合唱は声楽と一括りにして「趣味・娯楽」の中に入れられていますが、両者は親和性が高いものと見做されているのでしょうか。それぞれの人口比は不明ですので多少曖昧さは残りますが、野村氏は便宜的に一つの指標として扱うことにしています。
 この中で、行動者率とは、10歳以上の人口に占める過去1年間に該当する種類の行動を行った人の割合(%)のことです。
 都道府県別、「趣味・娯楽」の行動者率のうち、合唱・声楽に並んでカラオケのデータが次のように記載されています。関東の一部を抜き出してみます。

 

合唱・声楽

カラオケ

全 国

2.8

30.7

埼 玉

3.1

32.6

千 葉

3.1

33.4

東 京

3.9

35.2

神奈川

4.4

35.3


 これをみると「カラオケ」の行動者率は「合唱・声楽」の10倍もあることがわかります。しかし、合唱とカラオケを同時に楽しむ人もかなりの数に上ると思われますので、カラオケだけをやっている人が合唱の10倍ということにはならないと思います。カラオケを引き合いに出したのは、合唱人口が減少している分がカラオケに流れているのではないかとも思うからです。現在のカラオケ装置の性能は目を見張るほど進化しており、決して侮れない面があります。<THEカラオケ★バトル>というテレビ番組では点数が出る装置で判定しますが、音程がちょっとでも外れたり、テンポが乱れると減点されてしまうというかなりシビアなものです。いい加減に歌っていては良い点が出ません。

 同じ音楽を楽しむにしても、合唱は自分がきちんと歌うのは当然のこととして、他の人と合せなければならないので、それなりに大変な練習をしなければならないという印象が先に立ちますが、カラオケは大会に出るような場合を除けば個人的に楽しむ範囲のものですからとっつき易いです。しかし、両者はそもそもまったく分野が異なるもので、同列に論じても仕方がないかもしれませんが、合唱人口の減少と無縁でもなさそうに思えてなりません。


 野村維男氏の提言
 野村氏は、「合唱人口も連盟加盟人数も減っている」「合唱世代に大きな変化が」「大都市圏への集中傾向」「合唱連盟の課題は何か」について、表とグラフを用いて簡潔に説明されています。
 野村氏の提言「合唱の未来のために、合唱連盟は何をすべきか? どのようにすべきか?」を私なりに整理すると以下のようになるでしょうか。

     @合唱仲間を増やす歌わない合唱ファンを増やして支援層を作る
     A社会の理解を深める
     B連盟加盟団体を増やし組織を強くする

 @合唱仲間を増やすというような課題は、全日本合唱連盟に限らずすべての合唱人が係わることでしょう。いっぽうでA社会の理解を深めるような全国規模の問題は全日本合唱連盟が主体的に働き掛ける役割ではありますが、一人ひとりが周囲に影響を及ぼしながら裾野を拡げる課題でもあると思います。そして、B連盟加盟団体を増やし組織を強くするのは、あくまで各県の合唱連盟が主体となって全日本合唱連盟と力を合わせて推進しなければならないことです。


 埼玉県合唱連盟の加盟団体推移
 衰退傾向が目に見えはじめてきただけに、問題が大きく且つ深いのでどこから手をつけてよいか迷ってしまいますが、先ずは自らの足元の問題として埼玉県合唱連盟について考えてみます。埼玉県連理事OBとしての意見を整理してみます。

 全日本合唱連盟は、昭和23年(1948)、関東・東海・関西・西部の4合唱連盟を統括する形で設立されました。それから9年後の昭和32年(1957)に埼玉県合唱連盟は創立しました。

 余談ですが、「全日本合唱連盟70年史」の記事によれば、昭和32年(1957)のトピックとして「この頃、合唱界誌上で盛んに演奏会、コンクールの審査員の選出方法、連盟の運営等に対する辛口の批評、一方、その批評に対する強硬な抗議も掲載。」と書かれており、これはそのまま現代にも当てはまるものではないでしょうか。
 さらに岸信介理事長の挨拶にも「少子高齢化、合唱人口の減少など、社会環境と合唱界とは無関係ではありませんが、より良い未来へ合唱のバトンを繋ぐことを使命として、合唱連盟に携わる一人ひとりが真摯に取り組みたいと、創立70周年にあたり決意を新たにし、ここに全日本合唱連盟70年史を発刊いたします。」と結んでいます。


 埼玉県合唱連盟の加盟団体の推移をこの
10年ほどに絞って概観してみると以下のようになります。

加盟団体数は23年前の平成8年(1996)には308団体でしたが、その10年後の平成18年(2006)には363団体に増えています。その後増減を繰り返しながら平成30年(2018)には351団体とほぼ横ばいの維持を続けています。実際の加盟人数は分かりませんが、感触としては徐々に少人数化しているのではないでしょうか。


 高齢化の問題とシニア層の活性化

 世の中、少子高齢化が止まりません。合唱の世界もその流れに晒されています。埼玉の合唱関係者の話を紹介します。

Aさん(県連役員、合唱指揮者): 高齢化で各団人数が減ってきています。魅力的な団ってどんなんでしょうかね。一生懸命やってると、初心者はレベルが高くて入れないって言われるし、経験者はもっと上手な団に行きたいとあちこち入ってるし、人数が少ないと、一人一人の負担が大きくて、気楽に初心者が入団出来ず悪循環に陥っています。」

Bさん(県連役員OB): 合唱の裾野を広げる活動を思いきって強化すべきでしょう。イベント毎に集まる彩の国プラチナ混声合唱団の活動もいいですが、そろそろシニアのフェスティバルを検討すべきときだと思います。」

Aさん: 連盟はシニアメンバーに楽しんでもらうために何をしたら良いのでしょうかね。その取っ掛かりとして始めたのがプラチナでした。シニア・フェスティバルに関しては、まさにプラチナを良い例として早急に考えるべき議題ですよね。シニア・フェスティバルは加盟団体を増やす、ということにも繋がりますしね。プラチナは、2019年横浜みなとみらいホールで行われる国際シニア合唱祭ゴールデンウェーブin横浜出演で3回目になります。そろそろ次のステップに進みたいと今模索しています。あちこちから意見を聞き、お力をお借りしながら、なんとか早めに形にしたいです。

Bさん: 「Aさん、以前神奈川県連でやっているヴィサンに行ってきたと思うけど、参考になることはあったのかな? 平日の昼に開催しているということだけど…。」
神奈川県合唱連盟の「ヴィサン《人生百歳》ジョイント・コーラスフェスティバル」を指す。ヴィサンVie Centとは、フランス語で「人生百歳」という意味。

Aさん: 「ヴィサンはとにかくシニアの人たちを大事にしてて、対応が細やかでした。会場にも階段は一歩もないんじゃないかな。たくさんの賞もあって、受賞者の席まで賞状を持っていくとか配慮していましたね。」

Cさん(県連役員OB): 「なるほどね。会場の問題はあるだろうけど、いろいろ工夫してシニアの参加を促すのは大事ですね。」

Bさん: 「まず県連への加盟の有無を問わず自由に受け入れる、すべての市町村連盟にも周知して、幅広く参加を呼びかける、実施に当たってはシニアそのものの力を借りて行うため、実行委員会を作って役員でないものでもどんどん入っていただくなどできるといいですね。」

Aさん: 「そうですね 埼玉県連は学校の先生が多くて平日動くのは現実的に無理ですし、シニアの方々に企画から関わっていただけたら今までにない意見やアイデアが生まれそうでいいですね。」

Cさん: 「時間に余裕のあるシニア層の手を借りるのは県連にとって大いに助かると思いますよ。OBクラスの人たちも参加する用意があると思います。」

Aさん: つい先日S市の合唱祭に参加しました。聞くところによると係員の謝礼が1万円超えでお弁当付きとのこと。もうびっくりというよりショック、そして泣きたくなりました。埼玉県連では加盟団体に頼み込んでお手伝いを募っているけど、でも謝礼があまりにも微々たるものしか渡せないのが現状です。この額じゃ申し訳ないと思いつつ、口では「やっていただけませんか」とお願いをするのは心苦しいんですよ。こんなに一生懸命運営してるのに、なんでこんなに貧乏なのお!と愚痴のひとつも言いたくなります。」

Cさん: 「埼玉の加盟団体はほぼ横ばいだけど、加盟人数としてはどうなんですかね?」

Aさん: 加盟団体数は近年少しずつ減っています。そして加盟人数ははっきりわかりませんが合唱祭参加人数に関して言えば、以前は6千人を超えていたのに2018年はついに大台を割ってしまいました。減ってしまった理由のひとつとして高齢化があると思われます。合唱は生涯続けてほしい。立っているのがつらかったら座ればいい、高い声が出なくなったら選曲で工夫を、覚えられなかったら譜面を見ればいい、練習場に自力で行けなくなったら誘い合い、協力して、タクシーだってあるし、それより豊かな人生経験から生まれる詩の理解力と説得力があります。長年ともに歌ってきた仲間と助け合い、歌いあい、笑いあってほしい、と思います。」

Cさん: 「埼玉県連にとって合唱祭は5日間もやる一大イベントでとても盛大ですが、そろそろ規模的に限界が見えてきましたし、参加者も減ったきました。今後どうしたらいいんでしょうか?」

Aさん: 参加して楽しい、聴きに行って楽しい合唱祭にしたいですね。一生懸命練習してきたステージだから、一生懸命聴いてほしい。これはお互い様ですよね。素晴らしい演奏に圧倒されるだけじゃなく、そうじゃない演奏にも歌う苦労に共感できる人はいっぱいいるはずです。それが会場の雰囲気にもっと現れればいいなと思います。開会式でももっと柔らかい空気を作るために司会進行を影アナではなくマイクをもってステージにでる、というのも考えました。当然理事の負担が増えるという意見もありますが(*_*) ある女声合唱団のメンバーから、ロビーで簡単なショップとか、プロのカメラマンのスナップ撮影会などあったら楽しいし記念になるのにね、などの意見が出されました。なにか楽しそうな魅力的なアイデアはないかなとつらつら考えています。

Cさん: 「なるほどね。やはりエンターテイメントの要素がもっとあってもいいとい思いますね。合唱祭っていうくらいだからやっぱり「お祭り」なんですよね。

Aさん: 先日、ある市の中学校の先生たちによる混声合唱団の忘年会に参加してきました。個性が強くて面白いメンバーが集まった合唱団です。来年度連盟に加盟します!

Cさん: 「それは素晴らしいですね。コツコツ地道に積み上げるしかないのでしょうかね。」


 おかあさんコーラス
 種別にみた場合、埼玉では「おかあさん」の減少が著しいことがわかります。いっぽう、「高等学校」は僅かながら増加傾向にあります。

      




 埼玉の「おかあさん」については、あとで紹介する日本の合唱史横山琢哉氏が書かれた次のような問題点がそのまま当てはまるのではないでしょうか。

 おかあさんコーラスは我が国独自の文化だと言えるだろう。かつてはママさんコーラスなどとも称されていた。1970年代に急速に増加した、家庭婦人による合唱団による大会を、全日本合唱連盟がまとめたのがこの大会である。とりわけ、当時の石井勘理事長が「おかあさん方に芸術を知っていただくことが、健康な家庭を作るために必要だ」という信念をもっており、それが78年に結実して全日本合唱連盟と朝日新聞社の主催で「全日本ママさんコーラス大会」として始まった。(中略) 大会は、全日本合唱コンクールとはまた違った雰囲気があり、見た目に楽しい振り付けやパフォーマンスで聴衆を沸かせる団体も多く、独特の華やかさを見せる。
 しかし、現在は若い主婦が共働きをしなければならない家庭が圧倒的に多く、おかあさんコーラス団体の多くは団員の高齢化と新入団員の不足に悩んでいるようである。おかあさんコーラスという形も、曲がり角を迎えているように思えてならない。

 
 おそらく、おかあさんコーラス団体の悩みは全国共通かと思いますが、埼玉でもまったく同じ問題ではないでしょうか。つぎに示す「種別ごとの割合」を見てみるとはっきりわかります。平成8年(1996)からの20年間で「おかあさん」の比率は激減しています。

 
東京混声合唱団の創設者田中信昭氏は、『絶対!うまくなる 合唱 100のコツ』(2014年)で、つぎのようなことを提案されています。

 「妊娠、出産、子育て、仕事との両立はできる?」と題して、出産後、いきなりは無理でも短時間の練習見学から再開してはどうか、もちろん(合唱団の方針にもよるが)子連れ大歓迎、と積極的に受入れたいとしています。けっきょく、その時々によく考え、自分にとってできる最前の方法を探せば良いのではないか。完璧にいかなくて当然、通勤電車の中で音取り用の録音を聴く、譜面を眺める、呼吸のトレーニングをしてみる、なにかしら工夫はできる。


 上に示したデータは、あくまで埼玉県合唱連盟に加盟している団体に限ってのことであり、連盟に加入せず独自の演奏活動をしている合唱人はかなりの数にのぼると思われます。県合唱連盟以外のたとえば市やその他の連盟等に参加していてはふつうの調査の網にかかるわけもなく依然として実態は掴めません。社会生活基本調査には、県連非加盟の人数も含まれている可能性があります。


 男声合唱事情
 埼玉では、県立浦和高校グリークラブが2017年10月の全日本合唱コンクール全国大会で、男声合唱を歌って初の金賞文部科学大臣賞を受賞するという快挙を成し遂げています。これは顧問の小野瀬照夫先生(埼玉県合唱連盟理事長)の努力と学生たちの熱意が結実したものに違いありません。この背景には、県立浦和高校、熊谷高校、春日部高校、川越高校、私立慶應義塾志木高校、川越東高校6校で開催している<埼玉県高等学校男声合唱団合同演奏会の活動にみられるように高校の合唱活動が盛んということがあると思います。

 いっぽう、埼玉では大学合唱団が他に較べて極めて少ないのが現状です。合唱祭などで大学の男声合唱団を聴いたことがありません。
 世の中では、慶応義塾ワグネル男声合唱団、早稲田大学グリークラブ
関西学院グリークラブなど現在も活発な活動をしている大学もたくさんあるいっぽうで、存続の危機に瀕している大学合唱団も散見されます。
 たとえば、神奈川大学男声合唱団フロイデコール2008年に廃部となりましたが、現在OBが復活を目指してバックアップ活動をしています。たまたま在学中に団長をやっていた人が男声合唱団コール・グランツのメンバーでもあり、いろいろ苦労話を聞いています。
 これとは多少ちがうものの同じように存続の危機にあったのが、法政大学アリオンコールです。アリオンは、田中信昭氏を指揮者に委嘱曲を多く演奏してきた名門です。本来男声合唱団ですが、メンバーの激減によりやむなく女性も招き入れ混声合唱団として活動を続け、なんとかアリオンコールの名称を維持しています。現在は蓮沼喜文氏(埼玉県合唱連盟常務理事)を指揮者に迎え、精力的に演奏活動を繰り広げています。但し、この大学にはもともと法政大学アカデミー合唱団という大きな混声合唱団がありますので、維持していくのはそれなりに厳しい状況にあるといわねばなりません。現在アリオンのOB会世話役は、奇しくも男声合唱団コール・グランツのメンバーでもあります。両校ともOBの活動は活発化してきていますが、男声合唱を続けることの困難さは大学に限らず一般でも同じような状況です。このことは、いわゆる「おとうさんコーラス」でも同じで、高齢化と新入団員の不足の波が押し寄せてきていると実感しています。


 合唱ジャーナリズム
 サッカーやテニスなど人気があり賑わっている世界では、それに関連した雑誌もたくさん出版されています。かたや、合唱界に目を向けてみるとかなり寂しい状況にあることがわかります。ジャーナリズムといっても書籍に限るわけではなくネットでの配信も含めて考えたいと思います。

 雑誌ではありませんが、ここに一冊の読み応えのある本があります。日本の合唱の歴史について他にはない内容を備えていると合唱界重鎮が異口同音に絶賛されている日本の合唱史』(戸ノ下達也/横山琢哉・編著 2011)です。出版されたのは2011年でした。まだお読みでない方はぜひ一度手に取っていただきたいと思います。

   待ち望んでいた合唱史 『日本の合唱史』」↓として概要をまとめてあります。ご参考までにご覧ください。
       http://www.ric.hi-ho.ne.jp/neo-rkato/music/m101_nihon_no_gasshoshi1.html


 
今は故人となられた評論家の日下部吉彦氏が、この本の巻頭言で、「これは異色の合唱史になるぞ」と感銘を受けたことを書かれています。

 日本の合唱水準は、世界的に見て決して低くない。見方によっては最高レベルにあるともいえる。ところが、それを束ねる「日本の合唱史」となると、素直にいって、説得力があるものは少ない。それぞれに身辺の記録を記述しているにすぎず、日本の音楽史やその背後の社会を論述しているとはとてもいえない。日本最大の合唱団組織・全日本合唱連盟が十年ごとに刊行している『全日本合唱連盟史』も、その名のとおり「連盟史」の記録としては貴重だが、それ以上のものではない。戦前・戦後を通じて国民生活のなかで合唱がどのように生きてきたか、それによって社会がどう変化したかの記述は乏しい。
 さらにいえば、明治以来、西洋音楽が日本の社会に根づいてきたなかで、合唱がどのような役割を果たしたかについてもほとんどふれられていない。オペラや交響楽団の歴史以上に、国民生活と密接な関係があったはずの合唱についての記述が少ないのは、ある見方からすると「合唱」そのものに対する「軽視」とはいえないだろうか。
 いまなお、この国の楽壇での「合唱」の存在理由は小さい。「合唱界」を、自己満足の閉鎖社会のように扱ってきた「合唱人」自身の側にも責任がないとはいえない。


 『日本の合唱史』
4章<現代の合唱>を執筆された横山琢哉氏は、1960年代以降の合唱ジャーナリズムの視点から俯瞰してつぎのように論じています。

 「合唱界」「合唱サークル」「合唱新聞」が相次いで廃刊されて危機感を感じた故・石井勧率いる全日本合唱連盟が、それまでの事務連絡を主とした会報を、合唱愛好家が広く楽しめるように雑誌化して197110月に創刊された。当初はその意気込みどおり、「合唱界」「合唱サークル」を思い出させるアカデミックな特集記事や、「読者のページ」「演奏会評」「合唱団紹介」など、楽しく読みやすい記事の両方が掲載されていたが、近年は後者のタイプの記事が増え、演奏技術や知識向上に役立つ記事が減りつつあるように思うのは筆者だけだろうか。 



 合唱関連書籍&ホームページ

 現在、私が知る範囲の定期出版物は、「ハーモニー」(全日本合唱連盟会報)、ハンナ」(潟nンナ)、教育音楽」(音楽之友社)などが上げられます。価格は700900円程度です。「ハーモニー」の購読は全日本合唱連盟への加盟条件になっているので、必然的に多くの合唱人の目に触れています。
 「ハーモニー」は定期的に加盟団体に届けられていますが、果たしてどれだけの人が読んでいるでしょうか。個人的には隅々まで読んでいますが、あまり興味を持たない方がおられるのも事実です。

 全日本合唱連盟はじめ各県合唱連盟では自前のホームページを運営しています。その内容もそれぞれ独自のカラーを出していて千差万別です。以前から気になっているのは、あるイベントについて開催前の案内はそれなり詳細にアップされているのに、終わった後のレビューがほとんどない点です。さすがにコンクールだけは結果を掲載していますが、それ以外は何が行われたのかが見えてきません。イベントをやってみてどうだったのか、どんな楽しいことがあったのか、つぎはどうしたいのか、など実際に行われた内容を記録として残した方がよいと思います。イベントが終わった時点ですでに開催案内などは必要ないのですから削除し、むしろ結果報告を残すべきではないでしょうか。そうでないとイベントの案内情報を掲載するだけのホームページになってしまい、それ以外では見に行かないとなり、折角のホームページがもったいないです。


 合唱コンクール
 コンクールは合唱界の中でかなり重要な位置を占めています。コンクールを開催する側の問題について同じく前述の横山氏の指摘を引用します。 

 これからの全日本合唱コンクール
 20107月に発行された「ハーモニー」には、コンクールのやり方を大幅に見直すプランがある、という記事が掲載された。諸外国のコンクールと比しての大きな違いは、原則として海外の団体の参加を認めていないこと、一団体あたりの演奏時間が極端に短く、また出場団体が極端に多いことが挙げられる。これらを改善する方向に進んでいくのか、あるいは過去の歴史を重視して現行のまま進んでいくのか、全日本合唱連盟のこれからの動向に注目していきたい。


 いっぽう、コンクールを受ける側、つまり演奏者にとってはどうなのか。音楽に競争原理が持ち込まれることに対する違和感や、コンクールによっては審査過程が可視化されていない、審査員によるばらつきが大きいなど未だに改善されることのない問題を抱えています。

 さらにもっと深刻な問題は、学校の部活でコンクールを目指す場合、厳しい練習に相当のエネルギーをつぎ込んでしまった結果、いわゆる燃え尽き症候群となり、その後合唱からすっかり離れてしまうケースがあることです。このような弊害は何とかして防がねばなりません。

 コンクールに関して、合唱と全く同じような状況は吹奏楽にもみられます。
 前述の戸ノ下氏が書かれた日本の吹奏楽史1869-2000』(戸ノ下達也・編著2013)によれば、吹奏楽は活況を呈しているが、コンクールの弊害がいかに大きいかを指摘しています。

 メディアでこれだけ取り上げられ、雑誌や録音・録画媒体が発売されていることは、それだけの需要や支持が存在していることの証だろう。
 吹奏楽の「活況」は次のような事実からも垣間見ることができる。
(中略)
 全日本吹奏楽連盟が実施するイベント、学校教育や地域イベント、選抜高等学校野球大会や全国高等学校野球選手権大会、国民体育大会といったスポーツイベント、職業演奏団体、自衛隊や警察、消防の音楽隊、ジャズバンドといった吹奏楽専門の演奏団体の活動など、吹奏楽を取り巻く状況はにぎやかである。
 一方で、年々過熱ぎみとなる全日本吹奏楽コンクールのように、その意義をいまいちど再考すべき課題もある。特に中学校や高等学校の部門では、目的が形骸化し、純粋な音楽競技が暴走し、賞を獲得することだけが評価のすべてのような現実、テクニックの酷使だけの選曲や演奏、学校や教師、外部講師の実績作りのためのイベントと化して、生徒たちの燃え尽き症候群を生み出している。音楽の本質を、教育としての音楽のあり方を改めて考え、捉え直すことも重要である。



 連盟加盟費…お金の問題
 連盟に加盟しない団体の中には、「年1回の合唱祭くらいしか参加しないのにこの加盟費では高すぎる」と尻込みしているケースも少なくありません。加盟団他の増加を考える場合、この問題を避けて通ることはできません。通常他県の予算に触れる機会はほとんどないと思いますので、埼玉県の例を紹介し問題を考える一助とします。

 埼玉県合唱連盟の年会費は、少年少女・中学校14,000円、高等学校18,000円、大学・職場・一般23,000円です。
 平成29年(2017)度決算によれば、以下のような収支内容です。
 収入は、会費690万円、その他(繰越金含む)862万円、合計1,552万円。歳出の主なものは、全日本負担金103万円、関東支部負担金34万円、ハーモニー誌購入代215万円、その他(事務費、事業費含む)1,517万円、合計1,552万円。
 収入のうち半分は343団体のからの会費収入で、その他に県補助金27万円、広告収入102万円、書籍冊子販売70万円、事業会計より繰入444万円などとなっています。

 事業ごとの内訳をつぎに示します。
 コーラスワークショップ92万円、埼玉県合唱祭617万円、合唱コンクール1,032万円、彩の国男声コーラスフェスティバル103万円、ヴォーカルアンサンブルコンテスト538万円、おかあさんコーラス大会埼玉県大会184万円、60周年記念事業317万円。60周年記念事業は、この年にかぎっての特別予算ですので、これを除外して考えるべきです。

 役員23名、事務局3名の体制で運営しており、定例の理事会や事業ごとの小委員会などを含めると相当の活動量になります。これに加え機関紙「Pause(パウゼ)」の発行、シニア層の活性化を図ろうと有志合唱団「彩の国プラチナ混声合唱団」を組織したりと、決算書には現れない活動もあります。
 事業規模が大きくなれば必然的に係員も多数集めねばならず、その手当もかなりの金額になります。さらに人集めの苦労がつねに付いて回りますし、役員の仕事量は相当なものです。

 中でも合唱コンクールの予算が1,032万円と突出していますが、それだけ重要な事業であることの現われです。しかし、コンクールに出ることなど考えたこともない団体にとっては、このような(ある意味で)一部の団体のために高額の加盟費を払わなければならないのは、なかなか受け入れられないという側面もあることを忘れてはなりません。
 どの事業も欠かせないなら、何とか効率化を計り、規模も可能なところまで縮小する必要があります。また、ほとんどの事業は加盟団体のお手伝いなど人的協力なしでは成り立ちません。しかし、いろいろな事業にお手伝いの方を出すというのは、小さな団体や現役社会人の多い団体にとっては厳しいのが現実でしょうか。

 ここで、埼玉県連ならではのユニークな取り決めをご紹介します。それは、理事65歳定年制です。理事は多数の事業をこなさねばならず、とにかく気力体力が求められます。毎月のようにさまざまなイベントを進める裏方ですので、実際に働いていただける人でないと務まりません。まさに体力勝負です。
 定年制は平成13年(2001)から導入しましたが、当初は60歳でした。その後社会情勢の推移に沿って65歳に引き上げられ現在に至っています。しかし、最近の高齢者は昔とちがい実に健康で元気です。社会状況と照らし合わせてもさ70歳に引き上げてもよいのではないかと思いますが…。


 おわりに
 今から
20年前の1998年に出版された合唱指揮者・関谷晋氏の著書『コーラスは楽しい』(岩波新書)の最後に、「アマチュアコーラスのこれから ─いま思うこと─」と題して合唱の将来に対する憂いを述べられています。要点をいくつかご紹介します。

 日本のアマチュアコーラスは世界でも類をみないほど広い裾野を持っているが問題なしとはいえない、どの合唱団でも困っているのは若手の減少、つまり一般社会と同じ高齢化の問題に直面している。高齢者が合唱に生きがいを見いだすのはとてもすばらしいことだが、ただ、年齢層の幅が欲しい、その広がりが欲しい。若者世代の減少、これは必ずしも合唱に興味を持つ人が減ったということではない。中学、高校、大学での合唱は依然として盛んだが、学生時代に合唱に情熱を燃やした人が社会人になると遠ざかってしまう、つまり次につながっていない。
 今の合唱の世界は、学生は学生だけ、ベテランはベテランだけというような同じ年代の人たちだけが集まって歌うのが主流になっている。また、コンサートを覗くと、聴衆の性別や年齢層が偏っていることが多い。学生合唱団では女子学生ばかり、一般合唱団、とりわけ、おかあさんコーラスだと女性がほとんどで男性はあまり見かけない。これは、老若男女のバランスがよくとれているヨーロッパとはまったく違っている。ヨーロッパでは、お年寄りが孫の手を引いて来たり、中年の夫婦や若い学生など幅広い年齢の聴衆がいる。本来目指すべきはこうだろう。
 いろいろ問題はあるが、けっきょくは合唱の楽しさを知ってもらうということに尽きるのではないか。楽しさを体で感じてもらう「」をどんどん作りだすことが出発点である。

 
 関谷氏が20年も前に書かれた提言は、そのまま現在にも通じるものです。



 話が多岐にわたってしまいました。どこまで論じてもそう簡単に解決策は見い出せそうもありません。ここで結論を出せるわけでもなく、今後の討議の参考になればと願うばかりです。皆さまのご意見をお聞かせ頂けるとありがたいです。

以 上

   

 



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