コール・ジューン コンサート 女声合唱で歌う多田武彦の<雨>



加 藤 良 一

2019年6月23日






 以前から気になっていた女声合唱で演奏する多田武彦作曲、男声合唱組曲<雨>を聴きました。
 多田武彦氏はご自身の楽譜に手を加えることは原則認めていませんでしたが、Chor Juneは、それでも名曲<雨>を女声合唱で歌いたいと熱望し、オリジナルの男声合唱用譜面のへ音記号(低声部)をト音記号に代え、女声四部としてTop tenor⇒Soprano、Second tenor⇒MezzosopranoⅠ、Bariton⇒MezzosopranoⅡ、Bass⇒Altoにそれぞれ置き換えて演奏することに漕ぎつけたのです。下に一例として「Ⅵ.雨」の冒頭を示します。





 その結果、タダタケさんの男声合唱曲を単に女声に置き換えて歌ったというだけではない、初めて耳にする女声版タダタケサウンドが生まれました。それは、男声と比べてどうのということではなく、まったく新しいタダタケの世界が出現しました。かつて聴いたことのない新鮮な驚きでした。2014年の録音を聴かれた多田先生もなかなか良く歌っていると仰っていました。今回は、2014年初演につぐ再演です。

 Chor Juneは、すみだ少年少女合唱団の卒団生中心に1996年に発足しただけあり、歌唱の基本が備わった優れた合唱団です。
   
   Chor June
コンサート2019

   2019
616()   豊洲シビックセンターホール
   指揮:   甲田 潤
   ピアノ:   東 由輝子
   合唱指導:弓田 真理子
   女声合唱:Chor June

   曲目:
   ・無伴奏女声合唱組曲<雨>(作詩:八木重吉 ほか 作曲:多田武彦)
   ・女声合唱とピアノのための “KOIUTA”(作詩:小倉百人一首より 作曲:Steve DOBROGOSZ
   ・女声合唱とピアノのための おくのほそ道-みちのくへ (俳句:松尾芭蕉 作曲:新実徳英)
   ・女声合唱とピアノのための 「あなたへのうた」(作詞:栗原寛 作曲:大藤史 編曲:高橋直誠)


 豊洲シビックセンターホールは、平成27年(2015)に豊洲駅前に開設された新しいホール。ステージ後ろと右手の壁は開くと一面が強化ガラスウォールとなっていて明るい日差しが差し込んできます。正面には晴海ふ頭が広がっています。どこか、横浜の大さん橋ホールを思い出させるホールです。横浜の場合は、目の前に横浜港が大きく広がり、船舶が行き交うのが見られます。

 指揮者の甲田潤氏()は、プログラムの挨拶に多田武彦氏とのつながりを 「一昨年亡くなられた、男声合唱曲においてこれほどの名曲を残した人はいないと言われる作曲家、多田武彦の不朽の名作<雨>を、先生との生前のご縁を思い、心からのお礼を込めて歌わせて頂きます。」 と書いておられます。

    無伴奏女声合唱組曲<雨>
     Ⅰ. 雨の来る前
     Ⅱ. 武蔵野の雨
     Ⅲ. 雨の日の遊動円木
     Ⅳ. 十一月にふる雨
     Ⅴ. 雨の日に見る
     Ⅵ.


 曲目解説のなかで、甲田氏は、多田武彦氏から伝えられた組曲<雨>作曲についてのコメントを紹介しています。

 雨は、人間にとっては随分と親しい間柄である。その鬱陶しい自然現象は、昔から人間にいろいろな孤独感や悲壮感を与えてきた。同時に、雨があがるときの、あの清らかなすがすがしさをも、しみじみと人間の心に伝えてくれて来た。そういうさまざまな雨と、そのときどきの人間の心との交流を主題にして、私はこの作品を、心をこめて書いてみた。
 第一曲、第二曲において、自然現象としての力強い、鬱陶しい、わびしい雨を捉え、第三曲では人のいない雨の日の児童公園の冷たい風情の中に人間の孤独感をにじませた。第四曲では突き刺すようなモチーフの坦々とした繰り返しによって悲壮感を盛り上げ、第五曲では冬の雨の日の、あのもやのかかったような冷気を通して、孤独感や悲壮感にうちひしがれた主人公が、庭に見事に実ったザボンの実(到底実現しそうもない輝かしい理想であるかもしれない、また手の届かない所に居る恋人でもあるかもしれない)と、離れたじっと座っている姿を浮彫にした。そして第六曲では、こうした悩みや苦しみから昇華し切った主人公が、溢れ出ようとする涙をおさえて、しみじみと歌いおえる曲想とした。


 ここで、第四曲について「突き刺すようなモチーフの坦々とした繰り返しによって悲壮感」を表現したとありますが、これは今回演奏された「十一月にふる雨」ではなく、後述する理由で差し替えられた「雨 雨」についてのものだと思われます。この文章が書かれた時点ではすでに「十一月にふる雨」は「雨 雨」に差し替えられていました。ついでながら、「十一月にふる雨」はしっとりと降りしきる雨を歌った静かな曲で、「突き刺すような」雰囲気はありません。

 さらに、私が運営する多田武彦<公認サイト>で紹介しているChor June「雨」についてもつぎのように触れておられます。
 

 多田先生が生前書き残しておられた合唱音楽への考え方や、合唱のためのメソッド、また山田耕筰本人から学んだ音楽の枢要について、沢山の貴重な資料が掲載されているのですが、先生の死後、そのページに追悼の意味で、男声合唱プロジェクトYARO会(テナーソロは、男声合唱団コール・グランツの野口享治氏)の演奏と並んで、Chor Juneの演奏する「雨」が紹介されています。多田先生が良い演奏だからと仰って下さったからだそうです。男声合唱の名曲なのに。



八木重吉作詩・多田武彦作曲/男声合唱組曲<雨>より 「
第1回男声合唱プロジェクトYARO会ジョイントコンサート(2005)より
ソロ:野口享治(男声合唱団コール・グランツ)

Youtube

女声合唱版 「
女声合唱団 Chor June Concert 2014 より
ソロ:弓田真理子
Youtube



 <雨>は昭和42年(1967)、明治大学グリークラブによって初演されました。
 全6曲のうち「十一月にふる雨」は、堀口大學の詩によるものですが、「非人」という差別用語が含まれているとの指摘があり、昭和57年(1982)に尾形亀之介の詩による「雨 雨」に差し替えられた曰くつきの曲なのです。
 「十一月にふる雨」という詩は、雨が地上のすべてのもの、それがたとえ非人であろうと分け隔てなく降りそそぐという詩情を堀口大學は詠っているのであり、詩が作られた当時は問題視されることはありませんでした。しかし時代が変わり、現代ではこのような差別用語を使うことへの批判が強くなり、タダタケさんも抗いきれない状況になった結果の差し替えと思われます。このことについて、タダタケさんから生前直接お話しを聞くことには憚りがありましたので、実際はどのような思いを持たれていたのか今となっては知るよしもありません。

 会場には、<女声合唱とピアノのための おくのほそ道-みちのくへ>を作曲された新実徳英氏がお越しになっておられ、演奏後ステージに招かれ盛大な拍手を受けていました。


【参考情報】
 
 Chor June ホームぺージ

 
 Chor June コンサート2014

 



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