2021年2月6日、深谷市民文化会館にて上演



Aazonオンデマンドより出版しました

コロナ禍乗り越えオペラ上演<歌劇 幕臣・渋沢平九郎> 
↓クリックするとAazon
試し読みもできます


 【内容】
フルオーケストラとプロソリスト+合唱で創り上げたオペラの顛末を描いたものです

MOOK
スタイル(ペーパーバック)の読みやすいものです
1,000円+税、送料無料)

オンデマンド出版なので、早ければ翌日には届きます
2021年3月25日出版

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行方知れずの平九郎の首級(しるし)(47頁)について
この本をお読みいただいた方から「行方知れず」の平九郎の首級(しゅきゅう)について次のような質問がありました。

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(平九郎の首に関して)澁澤家に関連のある記録からも、首を含め、明治67年頃に谷中霊園に納められたとあるのですが、もし現在も離れ離れなのだとしたら気の毒ですし、とても辛い気持ちになってしまいました。
https://tobira.hatenadiary.jp/entry/20190329/1553843962
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 ご指摘の部分は、
首が法恩寺に葬られた時点での話で終わっているのでそのような表現になってしまいましたが、後日談としては、下記のように谷中霊園に埋葬されています。貴重なご指摘ありがとうございました。


(平九郎が自刃したのち)首は越生町法恩寺の門前にさらされ、首のない遺体は、これを憐れんだ村人の手により、黒山の全洞院の墓地に葬られました。明治元年(1868)11月、栄一はパリから帰国しますが、この時点ではまだ平九郎の安否は分かりませんでした。方々手を尽くして平九郎の行方を捜しますが、ようやくそれが分かったのは、明治6年(1873)になってからで、この年の8月、栄一は家令の芝崎確次郎に命じて、その遺体と首を引き取らせ、上野寛永寺において法要を営み、谷中の墓地に改葬しました。                           「渋沢栄一の世界研究所」より
(2021年4月2日 加藤良一)





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