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ス ポ ー ツ は か ら だ に 悪 い




加藤良一


2002/3/23

 


 


 
スポーツに怪我はつきものである。つきものではあるが、できることなら怪我に合わずにいたい。怪我から完全に逃れることはむずかしいだろうけれど、防ぐ方法はいろいろあるし、怪我を恐れていては何もできない。
 ぼくたちのような素人には、専門的な知識も乏しいし、危なっかしいことをやっているのではないかという不安は以前からずっと持ち続けていた。怪我はどうして起こるのか、単純にぶつかって骨折したという事故なら分かりやすいが、そうではなく、何かのはずみでカラダに無理がかかった結果の怪我は、外見からはそのメカニズムが分かりにくい。

 怪我の発生原因に興味をもったのは、残念ながら怪我をしたあとだった。いまから5年ほど前、テニスの最中に左足の内側腓腹筋(ないそくひふくきん:内側頭ともいう)、いわゆる“脹脛(ふくらはぎ)”を断裂(挫傷)してしまった。ようするに“肉離れ”である。哀れにも松葉杖の生活を1ヶ月間 も経験するはめになった。

 肉離れにもさまざまあって、軽度のものは何もしなくても知らないうちに治ってしまうものから、酷い場合には手術で繋ぎ合わせるものまである。また、ギブスをするかどうかは医者によってかなり判断がちがっている。ぼくの周りにも各種の肉離れや骨折などの経験者がいて、その治療法もさまざまである。肉離れをすると生活が不自由になるのは当然だが、早く治すために、怪我をした翌日からもうマッサージを始めねばならない。筋肉は固定して使わないでいると、すぐに固くなって動かなくなってしまうからだ。
 ぼくの場合は、負傷後、すぐにマッサージが始まった。患部を触られるだけでうめくほど痛いのに、治療者は知らん顔でそこをグニグニと揉むのである。そんな苦難にも、晴れてテニスが出来る日がくることを夢見てひたすら耐えた。20日目を過ぎた頃からストレッチを中心にしたリハビリを開始した。痛みを堪えてのリハビリはじっさい辛いものだったが、毎日少しづつ回復するのが分かるだけに何とか我慢ができた。筋肉は使わないとあっという間に落ちてしまうものである。筋肉をつけるのはたいへんだが、落とすのはわけないことなのである。90日目頃から軽いランニングを始め、100日目についにテニスをやれるようになった。

 「スポーツ障害別ストレッチング」堀居昭著(杏林書院)という本は、専門的であるけれど怪我の理屈や予防法を知りたい人にとっては役に立つ本である。かいつまんで紹介しよう。ちょっとややこしい内容かもしれないが、あなたの将来のためにご一読をお薦めしたい。

 スポーツがもとになる一般的な怪我は、やはり下半身に多いのではなかろうか。下半身の筋肉の一連の流れを、ジャンプを例にとって調べてみよう。ジャンプするためには、まず腰を屈め、つぎに膝をじゅうぶんに曲げ、ついで膝が伸びきるまで上方に跳ね上がるという動作が必要である。たかがジャンプを説明するのに、いざ言葉にするとこんなにめんどうなことになる。
 膝を曲げた位置から膝が伸びきるまでは、太ももの前側にある、大きな筋肉“大腿伸筋群”(競輪やアイススケートの選手はここが発達している)が主に働き、伸びきるあたりから、太ももの後ろ側の柔らかい“大腿屈筋群(ハムストリングス)”の働きが加わり、フィニッシュのジャンプにおいてはふくらはぎの“下腿三頭筋”が主体となる。足の親指の付け根を“母趾球”というが、ここで地面を強く蹴ると“腓腹筋内側頭”(ふくらはぎの内股側)が主体となって収縮するため、ダッシュやキックなどを繰り返して鍛えると内側のふくらはぎである内側頭が発達し、太く逞しい足になる。

 強いキック力の主体は、腓腹筋の内側頭であるために「肉離れ」(筋断裂)は内側頭に多い。ご多聞にもれずぼくの肉離れもこれであった。
 いっぽう、ジョギングやゆっくりしたランニングなどの軽い動きでは、足の接触面は真ん中の第3指から始まり、順に外側の第4、第5指に移ってゆく。負荷が足底の外側に移行してゆく分だけ、肉離れを起こす箇所が腓腹筋の外側頭に移っているという。

 なにやら聞きなれない筋肉の名前がたくさんでてきたので、もう少し説明しよう。絵を示してしまえば分かりやすいのだが、著作権があるだろうし、自分で書くのはしんどいから文字のみでお許し願おう。
 大腿(太もも)を作っている主な筋肉は、前側が大腿四頭筋、後ろ側がハムストリングスと呼ばれている。大腿四頭筋は、真ん中にある大腿直筋、大腿直筋の裏側にある中間広筋、外側広筋、内側広筋の4つからなっている。大腿直筋は、膝蓋靭帯に腱で繋がっている。ハムストリングスとは、大腿屈筋群と呼ばれる大腿の裏側にある大きな筋肉群で、大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋の三つからできている。
 大腿の伸び縮みは、前側の伸筋群である大腿四頭筋と後ろ側の屈筋群であるハムストリングスとの筋力バランスで成立っている。大腿の伸展力と屈曲力の比は1:0.3〜0.7が一般的といわれていて、ハムストリングスは前側の大腿四頭筋の50〜70%くらいのパワーしかない。そこでとくにフルスピードで疾走している最中に起きやすい肉離れは、大腿伸筋群(つまり前側)がハムストリングス(後ろ側)の最大筋力を上回ってしまったときに発生する。しかし、大腿の前後の筋力バランスは個人差がある。つまりは、ハムストリングスの弱い人ほど肉離れしやすいことになる。サッカーや陸上でトップスピード走っている最中に太ももの後ろ側を押さえて痛がっている場合は、ほとんどがこのハムストリングスの肉離れである。
 つぎに太ももから下に下がって、ふくらはぎ(腓腹筋)に移ろう。腓腹筋は、内側頭と外側頭の二つの腓腹筋がメインで、そのやや下側にヒラメ筋と呼ばれる遅筋が両側についている。この三つを総称して下腿三頭筋という。下腿三頭筋と踵(かかと)を結ぶ腱が 切れてしまうのが、怪我の代表選手ともいわれるアキレス腱の断裂である。
 アキレス腱が出てきたので、ついでながら話しを横道にそらそう。アキレスが古代ギリシャの英雄の名前であることはあまりにも有名であるが、では、このように弱い腱になぜアキレスの名前が付けられたかを知る人は、意外に少ないのではなかろうか。 筆者も知らなかった。
 アキレスが生まれたときに受けた洗礼は、まことに乱暴なものだったそうだ。なんと左の足首をむんずと掴まれ、逆さ吊りのまま川の中にジャボンと漬けられてしまった。掴まれた足首は、川の水に浴することがなく、洗礼を受けられずに唯一の弱点となって残ってしまった。あるとき、パリスが射った矢がアキレスのその弱い踵に刺さり、さしもの頑健な勇者アキレスもついに死んでしまったとさ、という神話にもとづいて付けられた名前がアキレス腱である。

 アキレス腱はカラダの中でもっとも長くて大きい腱である。腱は筋肉とちがって弾力性がなく、強く引っ張られると伸びることができずに切れてしまう。ふくらはぎとアキレス腱との関係を分かりやすくいうと、クレーンの構造に似ているという。ロープにあたるのがアキレス腱で、巻き上げモーターがふくらはぎの筋肉である。ロープ(アキレス腱)が切れるのは、許容限度以上の負荷が掛かったからにほかならないのであって、長いこと使っていれば劣化して切れやすくなる。アキレス腱はなんと450キログラムの力にも耐えるそうである。

 ふつう若い人では切れにくいのに歳取ると切れやすいのは、加齢とともにアキレス腱の水分が低下して強度が落ちることらしいし、さらに加えて体重の増加も無視できないようである。 恐竜の運命と同じことか…。

 どちらさまもご用心を…。

 

 
 


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