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重度庭球依存症候群 セルフジャッジ治療法


 



加 藤 良 一

2002/5/8

 

 

 

 テニスにはほかのスポーツではあまり見られない面白いルールがある。もちろんテニスをやる方ならみなさんご存知のルールで、その名を“セルフジャッジ”という。文字どおりジャッジをプレーヤー自身がやるというものである。
 テニスは、勝負のほとんどがミスによって決まるといっても過言ではない。言い換えれば、いかにミスらずにプレーできるかを競うスポーツでもある。こんないい方をすると、テニスはミスを恐れてこわごわやるスポーツのようにとられるかもしれない。たまにそんなプレーヤーも見かけるけれども、大部分のプレーヤーはそれほどのことはない。
 むしろ、一発決めようと無理なショットをぶちかますことのほうが多いだろう。そんなことをやっても結果はみえている。失敗と成功は紙一重であり、まるで宝くじにでも当たるような確率で、たまたまショットが決まるか、誰の目にも99%アウトすることが読めてしまうような惨めな結末を迎えてしまうことになるか、のどちらかである。

 さて、そんなテニスではあるが、ボールがコートに入ったかどうかを見極めるのはなかなか至難の業なのである。なにしろボールが小さいうえにスピードが速く、人間の目ではそう簡単にジャッジできないからである。とくにぼくらのようなシニアクラスで動体視力が低下した連中には、なかなかシビアなのである。
 ボールの軌跡がコートにつきやすいクレーコートやオムニコートならまだしも、ハードコートなどではボールの跡が残りにくいからジャッジがとてもむずかしい。

 ここで、テニスに詳しくない方のためにかんたんにコートの説明をしておこう。
 クレーコートは、古典的な土のコートのことで、これはほんとうに手入れがたいへんである。雨が降ったら使えないし、使ったあともローラーをかけて固めなければならない。しかし、足にくる感触は人工のものにくらべることができない自然さがある。その反面、表面が土だから足もボールも滑りやすい。一般にラインは、白い樹脂製のテープを釘で止めたものである。やっかいなのは、長いあいだにテープの部分を残して周りの土が削れてしまい、段差ができてしまうことだ。オンラインにボールが落ちるとイレギュラーバウンドして慌てることになる。
 オムニコートは、人工と自然の中間的な存在である。つまり人工芝に天然の砂を撒いたコートで、クレーに感触がにている。やわらかいから膝への負担が少なく、長時間プレーするには適しているが、砂の撒き加減で大きくコート条件が変わってしまう欠点がある。人工芝を長持ちさせるには砂を多めに入れるほうがよいが、砂が多いとボールが遅くなり、ラインも見えにくくなる欠点がある。最大の長所は雨に強いことである。とにかく水はけがよいから、雨が気にならなければプレーしてもかまわない。それでとくにコートが傷むことがないという特徴がある。
 ハードコートは、完全に人工的な固い表面のコートである。工法によってたくさんの種類がある。一般には、地下1mくらいまで掘り下げて基礎を作るらしい。表面の材質には、ゴムや合成樹脂を吹きつけたものや、合成樹脂製の細かい目のスノコのようなものを敷き詰めたコートやらいろいろある。合成樹脂のスノコ状コートは、走るとガタガタと音がするようで気持ちが悪い。また、ゴムににた柔らかい材質で作られたスノコは、少しでも濡れると滑るので怖くて思い切り走れない。

 さて、本論に戻ろう。ボールがコートに入ったかどうか、プレーを無視して、じっと目を凝らして睨んでいるラインズマンや主審なら、ジャッジもきちんとできるだろうが、プレーヤーがまさにプレーしながらジャッジするのはかなりむずかしい。とくに初心者は、体で感覚的にジャッジできないから、誰がみても明らかにアウトとわかるようなボールでも打ってしまう。それくらいジャッジメントも技術のうちなのである。

 はじめに書いたように、テニスはミスのスポーツである。相手がミスったものを拾うことはないわけだが、そこが正確なジャッジメント技術がない初心者の弱いところでもある。ジャッジメントの巧拙が、勝敗を分けることにもつながっているのである。
 そこでいよいよ本題に入るわけだが、一般のテニスの試合では、“セルフジャッジ”が採用されている。プロの試合でも予選レベルでは、セルフジャッジが多いと思う。テニスの特殊性をほかのスポーツとくらべてみよう。たとえば、野球の試合では、ローカル・ルールはあるにしても、主審と塁審はだいたい置いているはずだ。プレーヤー自身がジャッジすることなど考えられない。
 バッターは、ピッチャーの投げたボールを打ち、全力疾走で一塁を駈け抜けるのだから、野手が取ったボールがいつファーストミットに入ったか、自分で見ることなどほとんどできない相談である。ボールの行方を見ながら走っていては、セーフはおぼつかないのである。
 野球にくらべてテニスは、ボールの行方を最初から最後までつねに見ている点がそもそも大きく異なる。プレーヤーは片時もボールから目を離さない。だから、自分たちでジャッジできるはずだとの考え方である。

 セルフジャッジの原則では、自陣のボールについてはすべて自分が責任を持つことになっている。インかアウトか不明な場合は、すべて相手に有利になるように判定しなければならない。相手が打ち込んだボールが入ったか入らなかったかを決めるのは、受ける側なのである。ほんとうにそんなことができるのか。勝負がかかっているときの、きわどいボールを相手に有利になるようにジャッジしきれるものだろうか。まさにこの点が議論の焦点なのである。
 「セルフジャッジの不当性」を主張してやまない人は、勝ちたいがためにあえて自分に有利な判定をするいやらしいケースが嫌いなのだ。つまり、もっとフェアなやり方にならないのかという主張である。明らかにインと分かるボールをアウトとコールするのはおかしい、そんな場合には周りにいる人がジャッジしてもよいではないかという議論だ。その気持ちはじゅうぶん過ぎるほどわかる。だが、それはルールの問題というより、むしろマナーあるいはモラルの問題であり、もっといえば人間性の問題である。
 とうぜんなこととして、周りにいる不特定の人が公正な判断をする──あるいはできるとは限らないだろうし、そのようなやり方が現実的でないことは火を見るよりも明らかである。しかし、セルフジャッジとはそうしたもの、多くの問題があることは分かっている。悪法も法であるとまではいわないが、それもルールなのだ。

 日本テニス協会の試合規則によれば、セルフジャッジの大会では、主催者の義務として、大会の規模、会場のレイアウトに応じて適当数のコートレフェリーを置かねばならないと規定している。

 コートレフェリーの役割は、つぎのようである。
(1)不正確な判定をオーバールールする
(2)コールが正しく、大きな声で、かつ明確なジェスチュアでなされているか監視する
(3)フットフォールトをコールする
(4)ウォーミングアップ時間や、プレーが連続的に行なわれているかなどの時間管理をする
(5)コーチングを監視する(規則では試合中のコーチングは禁止されている)などがある

 コートレフェリーの存在すら知らないプレーヤーもいるだろう。セルフジャッジがいやだからやらないのではなく、みんなで協力しあって、セルフジャッジで試合を楽しんだほうがよい。それでも、どうしても納得できない場合には、大会主催者に訴えることも可能なのだから。あの人のジャッジはおかしいからチェックしてくれ、という権利はあっていいはずだ。ただし、そう主張するには、それ相当の根拠がなければならず、単に相手にプレッシャーをかけるためにするのであれば、逆にスポーツマンシップに反する。
 また、敗けたほうのプレーヤーが、罰として次の試合の審判をやる「敗け審」というやり方があるが、テニスではほとんど見たことがない。敗けたらさっさと帰りたいのが人情である。テンションの下がった人が審判などやってもろくなことはない。
 審判をやるにはルールをきちんと把握していなければならないが、ふつうのプレーヤーは意外とルールを知らないものだ。
 もう時効(?)になっているだろうから白状するが、あるセルフジャッジの大会で、相手がサーブするときにラインクロスのフットフォールト(ラインを踏んでサービスしてしまうこと)がひどいので、フォールトをコールしポイント取った。相手も認めて納得していたが、あとでルールブックで確認したところ、「セルフジャッジではプレーヤー自身はフットフォールトをコールできない」となっていた。まえに紹介したように“(3)フットフォールトをコールする”のはコートレフェリーの役割なのだ。
 つまり、フットフォールトが起きたのは相手側コートであり、自陣コートに責任を持つのはその本人だからである。ここは、コートレフェリーを呼んで注意してもらうなり、監視してもらう以外に方法がなかったことになる。ただ、その場合でも、すでに起きてしまったフォールトを取ってもらうことはできず、つぎのプレーからチェックしてもらうことになる。
 そのミスジャッジとは関係なかったと信じるが、その試合はけっきょく勝たせてもらった。


 

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