これまでたくさんの葬式を経験してきました。その都度、何か割り切れないものを感じながらもしきたりに従ってこなしてきました。私は無宗教なので、やり方については何の思い入れもありません。ほとんどの場合が仏教式でしたが、宗派はさまざまで宗教の幅の広さ奥行きの深さを実感します。
2014年1月に出版された宗教学者・島田裕巳氏の著書 『0葬─あっさり死ぬ』 は、そもそも 「葬式~骨~墓」 と続く一連の儀式は何なのか、なぜ現在のようなやり方で葬るようになったのか、という根源的なことを掘り起した興味ある本です。古いしきたりから自由になり、新たな
「葬り方」 を模索しようとしています。
島田氏の別の著書 『葬式は、要らない』 によれば、葬儀費用について日本消費者協会が2007年に行ったアンケート調査の結果、全国平均が231万円でした。最低が四国の149万5千円、高い方は東北の282万5千円でした。他国をみてもいかに日本が高いかよくわかります。少し古いデータですが、1990年代前半のアメリカでは44万4千円、イギリス12万3千円、ドイツ19万8千円、お隣りの韓国ですら37万3千円と、日本と比べて桁違いに安いです。日本だけなぜこんなに高いのでしょうか。その要因には、歪んだ寺院経済や葬祭業者の利益追求型経営姿勢があることはまちがいありません。
島田氏は 『0葬』 で葬儀について次のように解説しています。
日本の伝統習俗への疑問は、最近巻き起こったものではありません。近代に入って最初に 「葬式はいらない」 と唱えたのが自由民権運動で知られる中江兆民です。遺言には 「死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」 とありました。
夏目漱石の主張も紹介されていましたので調べてみると、小説 『倫敦塔』 で次のように墓も遺骨も要らないと述べているのです。
墓碣(ぼけつ)と云い、紀念碑といい、賞牌(しょうはい)と云い、綬賞(じゅしょう)と云いこれらが存在する限りは、空しき物質に、ありし世を偲ばしむるの具となるに過ぎない。われは去る、われを伝うるものは残ると思うは、去るわれを傷ましむる媒介物の残る意にて、われその者の残る意にあらざるを忘れたる人の言葉と思う。未来の世まで反語を伝えて泡沫の身を嘲る人のなす事と思う。余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓碑も建ててもらうまい。肉は焼き骨は粉(こ)にして西風の強く吹く日大空に向って撒き散らしてもらおうなどといらざる取越苦労をする。
墓碣とは墓石のことです。賞牌とは位牌のこと、綬賞とは戒名を貰うことでしょうか。漱石は、これら一連のものを空しき物質と呼んでいます。私には漱石のこのような考え方は大いに共感できるものです。
それでも戦前の日本には、「葬式」 に求められる役割がありました。日本はまだまだ貧しく、人々が天寿を全うできる状況になかった。戦争や天災、疾病などで命を落とすことは
“日常” でしたし、大往生は限られた者にしか許されなかった。
若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、その “功徳” によって死者を極楽浄土に導くというシステムが社会的に求められたんです。
都市部への人口集中や核家族化など日本古来の伝統に押し寄せる波も、もはやとどめようがない。私はそれらを悲観するよりも、「これで葬り方の 『自由』 を得ることができる」
と歓迎したいと思っています。
日本の仏教が “葬式仏教” と揶揄されるようになって久しいですが、葬送の場において、仏教は役割を終えつつあります。
それを象徴するのが戒名です。「戒名は、仏教の信者になった真の証」 というのが仏教界の考えでしょう。しかし現代では仏教への信心によってではなく、社会的地位、もっといえばお布施の額によって戒名の立派さが決まります。
私は 「院号のインフレ化」 と呼んでいますが、かつての村社会では有力な門家しか授かることができなかった “院号” が、今ではお金さえ多く払えば誰でも授かることができるようになりました。
現在では戒名の半数以上が院号のついた戒名とされ、50万円以上のお布施を寺院側に渡すことも珍しくはない。
仏教とは、民に 「平等」 を説くことを旨としている教えのはずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。現実社会との乖離は、「葬式」
のあり方を見直す気運の高まりと無関係ではないでしょう。葬式や告別式を行なわない直葬、海や川に遺骨を撒く自然葬といった葬り方が広がっているのは時代の“必然”です。
そして私は、簡略化された葬儀のさらに先をいく 「0葬」
を提唱したい。
遺骨の処理は火葬場に任せ、それを引き取らないという選択です。多くの火葬場では遺族が遺骨を引き取ることが前提となっていますが、申し出があれば遺骨を引き取らなくても構わない火葬場が一部にあります。
残された遺骨は契約業者が引き取り、骨粉にされた上で、寺院や墓地に埋められ、供養される。そして、火葬だけで済めば業者に頼んでも10万円でおさまるから、遺族に負担がかからない。墓を 「造る」 「守る」 といった心理的、そして金銭的重圧に現代人は悩まされていますが、そこから自由になれます。
「0葬は人の葬り方ではなく遺体処理だ」
といった反論もあるでしょう。でも、80歳、90歳を過ぎ、人生を謳歌したのなら、「遺体処理」
でもいいのではないか。来世こそ極楽へ──といった憂いを抱く方も少ないと思います。
そうはいいながらも墓参りをしたいという思いをもつ人も多いかと思います。しかし、墓参りは近代になって作られた新しい習慣に過ぎないわけですし、故人を偲びたければ親戚や知人が集まって食事でも共にし、思い出話しをするほうがよほど気が利いています。
最後に島田氏が運営している 「葬送の自由をすすめる会」 のあいさつ文を紹介します。
「葬送の自由をすすめる会」
人をいかにして葬るのか。それは、人類にとって永遠の課題です。そして、時代によって、その方法は大きく変わってきました。とくに最近の日本では、この 「人を葬る」
という方法をめぐって大きな変化が起きています。
私たちの会では、亡くなった方のなきがらを自然に還す 「自然葬」 を提唱してきましたが、少し前までの日本の葬送は、この自然葬が基本でした。土葬すれば、遺体はそのまま土に還りました。火葬の場合にも、今とは違い、残った灰を撒いてしまうことで、やはり土に還っていきました。
それに比較したとき、現代に行われている近代化された火葬では、骨壷に入った遺骨が残り、それを収めるために墓を必要とします。遺骨は、骨壷に入れられたまま、自然に還っていくことができません。そして、墓は、それを守っていく家族にとって大いなる負担になったりします。
その点で、現在一般化した人の葬り方は、「不自然葬」 であるとも言えます。ひどく不便で、本当の意味で故人を弔うものになっていない面があります。
私たちの会がめざしているのは、不自然葬から脱し、誰もが自然に還っていくことができる自然葬を広めていくことです。そのためには、会の仲間となっていただいた方々を自然に還すお手伝いをするとともに、自然葬を妨げているさまざまな要因を取り除いていかなければなりません。そこに、20年を超えて続いて いる私たちの運動の意義があります。
是非、皆様方には新しい仲間に入っていただき、「葬送の自由」 を確立するためにともに歩んでいただきたいと思います。人にとって避けられない死の問題を直視し、自然の大いなる連関のなかに還っていこうではありませんか。
会長 島田裕巳
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私たちが当たり前と思い込んでいる現代の葬り方が、実は 「不自然葬」 であったことが明らかになりました。ここではお墓のことについては触れませんでしたが、近頃では樹木葬などさまざまな葬い方が現れてきました。ついでにいえば、お墓を守るといったところで、埋葬されている故人のことが身近にわかるのはせいぜい三代くらいまでが限度じゃないでしょうか。それ以上離れたら何の感慨もなくただ形式的にお参りするだけでしょう。見ず知らずの祖先をお参りする意味がどこにあるか、もはやそのような時代は終わったと知るべきです。樹木葬や散骨にみられるように、これまで当たり前とされてきた
「葬式~骨~墓」 と続く一連の儀式は破綻しかけています。そろそろ頭を切り替えるときが来たようです。
私自身は形式的な葬儀など望みません。残された家族は 「葬送の自由」 に基づいて、自分たちが納得のいく形で対処して欲しいです。また、万一、私より先立つ家族がいた場合、本人の意思・希望が残されていればそれを尊重することにやぶさかではないし、「0葬」 を望むのであればそれも尊重してあげたいと思います。
【関連資料】
★(E-63)尊厳死の論点(2007年1月8日)
★(E-24)尊厳死と安楽死(2002年8月18日)
★(E-09)死後の準備はお早めに(2002年4月)
【参考書籍】
『O葬─あっさり死ぬ』 島田裕巳(集英社 2014.1.9)
『葬式は、要らない』 島田裕巳(幻冬社新書 2014.1.9)
『終活難民』 星野哲(平凡社新書 2014.2.14)
『葬送の自由と自然葬』 山折哲雄/安田睦彦(凱風社 2000.3.15)
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