M-160




 

平成の終わりから合唱の未来を考える


東京都合唱連盟・特別セミナー





加 藤 良 一 2019年2月28日
 

  はじめに

 全日本合唱連盟顧問野村維男氏の提言に端を発した合唱活動に関する問題は、東京都合唱連盟が特別セミナーを開催するまでに発展しました。
 野村氏の提言とは、全日本合唱連盟発行の機関紙『ハーモニーNo.186(秋号)』に掲載された「合唱に未来はあるのか?~社会生活基本調査から見える課題~」という記事です。これを受けて、私なりの問題意識から<野村維男氏の「合唱に未来はあるのか?」を考える(★)と題する小文で問題点を洗い出してみました。参考までにご覧ください

 セミナーは、合唱の現在を見つめ、過去を紐解き、そこから導き出される未来への課題を探ろうという主旨です。全国から熱心な合唱人が多数駆けつけました。問題意識をお持ちの方がたくさんおられることにあらためて気が付かされました。以下に私見を交えながら考察をしてみます。

   〇 201921
   〇 朝日新聞東京本社・読者ホール
   〇 司会進行・三好草平:東京都合唱連盟事務局長
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 ◆第1部 「合唱人口は10年でどう変わったか~社会生活基本調査から見える動向~
  (野村維男:全日本合唱連盟顧問)

 ◆2部 「平成の合唱を振り返る
   1
 日本の合唱史
    (戸ノ下達也:「日本の合唱史」「日本の吹奏楽史」「<戦後>の音楽文化」著者)

   2 学校教育のなかの合唱
    (山田泰子:品川区立鈴ヶ森中学校教諭)

   3 地方自治体と合唱イベント
    (大中太郎:東日本合唱祭実行委員会事務局/岩手県一関市)

 ◆3部 「平成の終わりから合唱の未来を考える
    司会進行 清水敬一:東京都合唱連盟理事長
    パネラー:戸ノ下達也、山田泰子、大中太郎

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  合唱に未来はある(のか?)

 1部は、基調講演として野村維男氏から発表がなされました。レジメには「合唱に未来はある(のか?)」と書かれており、ハーモニー掲載のタイトルとはやや異なるカッコ書きの(のか?)という表現となっていました。
 
野村氏は、社会生活基本調査(総務省)と合唱連盟のデータを元に、この10年でどのような変化があったのか、感覚的なことではなくまずは実態を数値として捉えて議論を進めたいということだと思います。この10年で合唱人口も連盟加盟人数も減っており、少子化のなかでの合唱離れ、それに対して高齢者の合唱参加の増加などにより年齢別の合唱人口の分布も大きく変わってきていることを分析されました。

⦿合唱人口も連盟加盟数も減っている!
 平成18年~28年(2006-2016)の10年間に10歳以上(小学生~中学生)の人口自体はさほど大きく減少はしていません。しかし、そのうち合唱に携わる人口は7ポイントも減っています。(以下、人口の単位はすべて千人です)

年  度

10歳以上人口

合唱人口

連盟加盟人数 組織率
平成18年度
2006
113,604 100.0% 3,408 100.0% 140 100.0% 4.1%
平成23年度
2011
114,061 100.4% 3,194 93.7% 130 92.9% 4.1%
平成28年度
2016
113,300 99.7% 3,172 93.1% 125 89.3% 3.9%


⦿都道府県別の合唱人口動態

 
全国的にはどのように変わってきているのか、粗いデータですがいくつか代表例を抜き出して変動をみてみます。合唱人口が平成18年度(2006)より増加しているのは、東京と神奈川を中心に8都府県だけで、それ以外の割愛した県は軒並み減少しています。

都道府県

平成28年度(2016

平成18年度(2006

10歳以上人口 合唱人口 10歳以上人口 合唱人口
海 道 4,756 104.6 4,967 139.1
宮 城 県 2,091 56.5 2,101 67.2
山 形 県 992 22.8 1,074 30.1
福 島 県 1,708 44.4 1,843 46.1
茨 城 県 2,604 46.9 2,646 66.2
埼 玉 県 6,555 203.2 6,328 221.5
東 京 都 12,346 481.5 11,487 379.1
神奈川県 8,216 361.5 7,901 284.4
山 梨 県 744 17.1 781 25.0
長 野 県 1,861 63.3 1,941 75.7
静 岡 県 3,294 79.1 3,377 108.1
京 都 府 2,338 88.8 2,356 80.1
大 阪 府 7,923 229.8 7,840 243.0
兵 庫 県 4,935 187.5 4,961 168.7
和歌山県 852 21.3 915 19.2
岡 山 県 1,694 40.7 1,724 34.5
広 島 県 2,507 55.2 2,535 76.1
愛 媛 県 1,220 23.2 1,292 34.9
高 知 県 637 10.2 697 13.9
福 岡 県 4,481 116.5 4,454 93.5
長 崎 県 1,191 29.8 1,279 33.3
熊 本 県 1,548 29.4 1,608 43.4
宮 崎 県 955 18.1 1,008 25.2
鹿児島県 1,424 37.0 1,525 35.1
沖 縄 県 1,231 23.4 1,170 24.6


⦿東京はどう変わったか?

 では、この10年間で東京は他府県に比べてどのように変わったかみてみると、10歳以上の人口は7.5ポイントと増えており、合唱人口も27ポイント増加しています。それに反して、合唱連盟へ加盟する人数は13ポイント落ち込んでいます。これが何を意味するのか、後述する合唱人口の年齢動態などをみて考えることができるかも知れません。
 合唱界でもご多聞に漏れず東京などの大都市への集中傾向が見られますが、全国の中で東京はどのような位置付けになっているでしょうか。野村氏は分かりやすくするために、東京が全国でどれだけを占有しているかを「東京率」という造語で示されました。これによれば、東京は平成18年度(2006)からの10年間ずっと全国の10%前後を占める高い水準を維持しています。

⦿年齢別合唱人口の動態、小・中学生の合唱離れ
 とくに変動が激しい若年層と高齢者層の合唱人口を比較してみると、10年前に比べて、10-14歳が極端に減少しており、反対に70歳以上がかなり増えています。このことは少子・高齢化と関連がありそうですが、それだけではなく社会構造の変化などの要因も絡んでいるでしょうか。 
 10-14歳以上の小・中学生に絞ってみてみると、この10年間で8.2ポイント減少しています。この問題については、第2部で学校教育現場の実態を発表された山田泰子教諭のお話しが参考になりました。 

⦿高齢者の合唱参加率が上昇
 70歳以上の高齢者は、小・中学生とは逆にかなりの伸びを示しています。近ごろの高齢者は健康で積極的に合唱活動に取り組んでいる姿がみてとれます。

年  度

 70歳以上人口

全国合唱人口

合唱人口率
平成18年度
2006
17,313 100.0% 460 100.0% 2.7%
平成23年度
2011
19,917 115.0% 668 145.3% 3.4%
平成28年度
2016
21,892 126.4% 861 187.1% 3.9%


⦿男女比はどう変わったか?

 合唱人口の男女比をみてみると、10-14歳では男子1に対し女子2の割合ですが、75歳以上では70%を女性が占めており、おかあさんコーラス部門が盛況であることが窺えます。なぜ男性は少ないのか、これは単に性差の問題だけでしょうか? 
 私が団長を務める男声合唱団コール・グランツのような小さな団は、高齢化とそれに伴うメンバーの減少や資金不足に悩んでいます。ほかの合唱団では如何なものなのでしょうか。このままでは先細り状態で不安が拭えません。女声合唱団や混声合唱団はまだなんとかやっていけるようですが、男声合唱団は厳しい現実に直面しています。とくに、大学の男声合唱団などはどこも苦しい運営を強いられています。

 野村氏は、以上のデータに基づいて、では私たちは何をすればよいかということで、つぎの4点を提案されました。
 
  合唱する人を増やす
  
★ 合唱“周辺”人口を獲得する
  ★ 全国どこでも合唱を盛んにする
  ★ 合唱連盟の発言力をアップする


  平成の合唱を振り返る

 2部は、「平成の合唱を振り返る」と題し、三人の演者がそれぞれの立場から話されました。
⦿ 1.日本の合唱史
 近代日本音楽史専攻、洋楽文化史研究会の戸ノ下達也氏による講演でした。西洋音楽が導入されてから現在に至る150年余りの歴史を概観するなかから現在の問題点を探り出そうとする試みです。与えられた10分程度の持ち時間で日本の音楽史を話すために、A4用紙2枚にびっしり書かれたレジメを用意し、聴衆の理解を助ける気遣いがありがたかったです。
 1948年の全日本合唱連盟創立、うたごえ運動、合唱作品創作、メディアの取り組み、優れた外国合唱団の来日、プロとしての東京混声合唱団発足、合唱愛好者・指揮者層の広がり、学校教育における合唱、などを展望し、そこから何を学び生かしていくべきなのかを問いかけられました。


 まとめとして、将来の課題5点を挙げられました。
・ 歴史を「知ること」、「再考すること」を意識し、受け止め、語り(歌い)継いでいくことの重さ
・ 若年層(とくに小学生~大学生)に対する合唱との出逢いや継続の機会創出
・ 多彩な活動を展開している合唱団・指揮者・作曲家の、活動や情報、ノウハウの共有と連携による取組みや企画の発信と継続
・ 地域や地域組織との協働・支援、持続的な合唱イベントや社会貢献活動の開催と支援
・ 音楽アカデミズムや評論、メディアの意識改革と喚起  「合唱」、「吹奏楽」の軽視・蔑視の克服


 最後にひと言つけ加えたいとして、問題なのは音楽アカデミズムや音楽評論の分野の方々に合唱に対する眼差しが欠けていることではないか、つまり合唱はアマチュアのものと軽んじる傾向があると指摘されました。この指摘は合唱に関わらない一般の方でも感じることではないでしょうか。

 ここで、やや横道に逸れますが、教育現場での合唱と似たような状況が見られる吹奏楽の現状に触れておきましょう。戸ノ下氏の著書「日本の吹奏楽史」(2013年出版)につぎのようなことが書かれています。どこか合唱の世界にも共通する問題のような気がします。
…一方で、年々加熱ぎみとなる全日本吹奏楽コンクールのように、その意義をいまいちど再考すべき課題もある。特に中学校や高等学校の部門では、目的が形骸化し、純粋な音楽競技が暴走し、賞を獲得することだけが評価のすべてのような現実、テクニックの酷使だけの選曲や演奏、学校や教師、外部講師の実績作りのためのイベントと化して、生徒たちの燃え尽き症候群を生み出している。音楽の本質を、教育としての音楽のあり方を改めて考え、捉え直すことも重要である。

 戸ノ下氏は、短時間で膨大な歴史の展望をしなければならなかったことで、十分な理解が得られなかったのではないかと危惧し、「私は、150年の日本の音楽文化の歩みを10分でお話ししなければならない過酷な状況でつたない報告になってしまったかもしれませんが、教育政策や文化政策との連動、文化芸術基本法の位置付け、合唱の置かれた現状を再考する貴重な機会となりました。
 何より多くの皆さんにお越しいただき、皆さんが真摯に議論に傾聴いただき考えていただいたことが財産です。問題提起、そしてこれからの展開を予定されている東京都合唱連盟の皆さんにも感謝です。
 このセミナーを起点として、これからの「合唱」を考える取組みが深化していくことが何よりも大切と思います。


⦿ 2.学校教育のなかの合唱
 中学校教諭の山田泰子氏が学校現場における音楽教育の時間配分がますます少なくなっていると窮状を訴えられました。

 平成29年(2017)改訂の「学習指導要領」では、伝統や文化に関する教育の充実が謳われ、「そろばん、和楽器、唱歌、美術文化、和装の取扱いを重視(算数、音楽、美術、技術・家庭)」が標榜されています。しかし、中学における音楽科授業時数はつぎの表に見られるように一貫して減らされ続けてきました。

                          中学校における音楽科授業時数の変遷

 

学  年 

選  択  

 

 1

2

3 

 1

2

3 

昭和22年度~
1947~)
70
(2
)
70
(2
)
70
(2
)
     
昭和26年度~
1951~)
70-105
(2-3
)
70-105
(2-3)
70-105
(2-3)
     
昭和37年度~
1962~)
70
(2
)
70
(2
)
35
(1
)
     
        5科から任意の選択
平成5年度~
1993~)
70
(2
)
35-70
(1-2
)
35
(1)
105-140  105-210 140-165
平成14年度~
2002~)
45
(1.3
)
35
(1)
35
(1)
0-30
(0-0.8
)
50-85
(1.4-2.4
)
105-280
(3-4.7
)
平成32年度~
2020~)
45
(1.3
)
35
(1)
35
(1)
0 0 0

 こと音楽に関するかぎり授業時数の減り方は極めて大きく、昔に比べて半減したといってもよいくらいです。現場の音楽の先生方の悩みは深いといわざるを得ません。
 中学校においては、「合唱を上手に歌わせるのは授業ではなく、歌唱指導である」、「活動あって、学びなし」などといわれてしまうことが大きな悩みだといいます。教育現場における情操教育の置かれた厳しい現実に慄然とせざるを得ません。

 指導要領が改訂され選択音楽がなくなった影響として、合唱連盟の合唱コンクールだけでなく、東京都ではNHKコンクールの参加校数も減少している、区内の合唱祭がなくなる、連合音楽会では合唱かあるいは吹奏楽かのどちらかを選ぶので合唱の発表機会が減少している、などが指摘されました。

⦿ 3.地方自治体と合唱イベント
 岩手県一関市で東日本合唱祭実行委員会事務局を担当された大中太郎氏は、行政の立場から合唱イベントを開催する苦労などを紹介されました。今年30回を迎える東日本合唱祭を運営してきて、いくつか問題点を感じているとのことでした。
 若い人から高齢者まで400人前後が集まる合同演奏ではこれまで古くても良い曲を選んできたが、これからは若い人が歌いたいと思うような曲も採り入れないといけないと感じている。年配の経験者は意見を主張しすぎず、若い人たちの考え方を受け入れるようにして欲しいと訴えていました。


  平成の終りから合唱の未来を考える

 3部のパネルディスカッションは、第2部の演者をパネラーに清水敬一氏の司会進行で進められました。詳細は書ききれませんが、中学校で合唱をやりたいがさまざまな事情で諦めるケースが出ている、時間的にも場合によっては経済的にも余裕がないと合唱ができない、などなどの意見が出されました。

               


  特別セミナーへの反響

 facebook
に寄せられた反響の一部をご本人のご許可を頂いて以下に紹介します。
⦿ セミナーに参加された甫喜本克也氏は、「題名の印象とは違っていたずらに危機感を煽るよう内容ではなく、ここ10年の合唱人口の推移を客観的な数字を基に冷静に分析された素晴らしいご提言でした。何事もまずは正確な現状分析が重要で、少子高齢化というマクロ環境の悪化を差し引いても全体の合唱人口はそのものが減少しており、若年層と特に3040代男性層の減少。逆にシニア層(特に女性)の急激な増加と、感じている以上に合唱界にも変化が起きていることを認識させられました。
 日本の合唱の歴史に始まり、中学校での合唱教育の現場、そして地方の合唱祭の実際について、現場の生の声を聞けたのも収穫でした。時間的な制限があり、問題点の抽出で終わってしまいましたが、まずは合唱の置かれた問題点を共有して、合唱連盟(特に東京都)のできることを模索していこうという、取り組みの出発点としては大成功だったのではないでしょうか?
 組織は内部から腐っていくもの。合唱連盟内部からこういう前向きな動きがあることは、大変健全なことだと頼もしく思いました。貴重な機会を作っていただいた関係者に感謝です。」

 とのコメントを書かれました。

 これに応じて高三洋之氏はつぎのように答えておられました。

 これだけのことができるのは合唱連盟でも東京都連ぐらいのもんですよね。もうほんとにすごい事です。一方地方からはまだまだ冷ややかな目で東京を見ているような気がします。今はいろんな合唱指揮者の方々が地方に出て行かれて合唱の良さを広めてくださっていますね。自分たちだけじゃなく日本中に同じ合唱を愛する仲間がいるんだということがそういうことを通してもっと実感できると良いのですがね。私たちも声の応援団で頑張りましょう!」

⦿ 講師の野村維男氏は、つぎのように述べて今後さらに議論を発展させたいとしています。
 「皆さんのご協力、担当理事と事務局の努力そして多くの方が参加してくださって充実したセミナーになりました。私の意図も理解していただけました。今後は「各論」です。ご提案をお願いします。」

 甫喜本氏は、問題点を共有できたということで大変良かったと思います。皆さんの合唱を愛する気持ちと、次世代に対する責任感が良く伝わって来ました。これからテーマの絞り込みが重要ですね! 自分に何ができるか考えるいい機会となりました。海外に行く度に、日本の恵まれた現状を感じるにつけ、私は割と楽観的です!


 講師の方々が異口同音に仰るのは、今回のセミナーは、あくまで問題点を浮き彫りにするところまでしかできなかったが、今後さらに各論にも展開し深く議論が進むことを望んでいるということです。

以 上


  【関連情報】
    野村維男氏の「合唱に未来はあるのか?」を考える ~社会生活基本調査から見える課題~
    待ち望んでいた合唱史<上>
    待ち望んでいた合唱史<下>

   
 

 



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