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加 藤 良 一   20197月3



 

 木下牧子さんが、ピアノへの回帰宣言をしたのは2017年の「木下牧子作品展4 ピアノ・プラス」においてでした。そのとき以降、ピアノをはじめ器楽曲に軸足を移して作曲活動を進めておられます。合唱愛好家にとってしばらく合唱曲の新作が出て来ないのは寂しいものですが、これまでに生み出された数多くの合唱作品は現在でも頻繁に演奏されており、その人気の根強さには定評があります。幅広い分野で力量を発揮し続ける作曲家としての存在は際立っているのではないでしょうか。



 

 最初の作品展を開いたのが1999年ですから、20年掛かって5回目の開催となりました。作品展を開始する際に決めたルールはつぎの3つあるといいます。
・最低5回は開催する
・毎回異なる編成の作品を特集する
・毎回異なるホールで開催する

 ということで、今回で当初の目標は達成されました。

・ 第1回 1999 「歌曲の夕」 (王子ホール)

・ 第2回 2001 「合唱の世界」 合唱+小オーケストラ (紀尾井ホール)
・ 第3回 2008 「室内楽の夜」 打楽器中心の室内楽曲 (津田ホール)

・ 第4回 2017 「ピアノ・プラス」 ピアノ中心の室内楽 (東京文化会館小ホール)
・ 第5回 2019 「オーケストラの時」 (東京オペラシティコンサートホール)

 木下さんは、ご自身の作曲活動について、プログラムのなかでつぎのように振り返っています。

 東京藝大2年のときに作曲したオーケストラ作品を皮切りに、その後78作オーケストラ作品を発表したものの行き詰まってしまい、さらに腱鞘炎を発症したことで細かな音符をたくさん書かねばならないオーケストラ作品をひとまずお休みとしてしまいました。ところが、それまで苦手意識があった声楽系作品の委嘱が増えたことをきっかけに、ブレスやフレーズを学び直しました。その結果、出来上がった声楽曲は、ご本人も驚くほど多くの方々から熱い支持を受けました。
 さらに2003年のオペラ創作によって一気に声楽曲にのめり込んだことで、このままでは器楽曲に戻れなくなってしまうとの不安がつのってきました。それ以来、意識して器楽・室内楽作品も手掛けるようになり、声楽曲と器楽曲のバランスをとった創作活動となりました。

近い未来、音楽は「保守」か「前衛」かではなく、人間が演奏する音楽か、人間の手を必要としない音楽かに分かれていく気がします。私は、あくまで生身の人間が演奏したい、聴きたいと思える音楽を求め続けていきたいと思っています。


 木下さんは、2017年のピアノ・プラス」の際にも、「(私の作品は)現代音楽ですが、奇を衒うのでなく、個性的に美しく、というのを目指す」と強調していました。奇を衒わず個性的にというスタンスは今でも健在です。

 今回はオーケストラの特集と銘打ち、大井剛史指揮、東京交響楽団、ピアノ・コンチェルトの岡田奏、東京混声合唱団という大掛かりなステージ構成となりました。
 作品や演奏を表現するのは私の手に余るので、木下さんのプログラム解説を引用して紹介してみたいと思います。作品のごく一端でも伝わればさいわいです。(青字はプログラムより)


◆オーケストラのための「呼吸する大地」
 原始地球の混沌とした大地、さまざまな音が錯綜し合成され満たしてゆくかのようなスケール感溢れる現代音楽です。

 「ブルー・プラネット」DVD集の雄大で美しく神秘的な海と、その中で繰り広げられる弱肉強食・日々死に直面する過酷な世界に圧倒されたことが、曲やタイトルに若干の影響を与えているかもしれません。

◆ピアノ・コンチェルト
 2010
年に久しぶりに書いた「呼吸する大地」が思いの外評判が良かったため、復帰2作目は、昔の書き方を離れ、書きたいスタイルで自由に書いてみることにしました。(……)ソロの魅力を引き出したい一方、オケを単なる伴奏にしたくない思いも強く、バランスに意外と苦労しました。

◆合唱とオーケストラのための「たいようオルガン」
 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団主宰の当間修一氏の委嘱によるもの。テキストは、ひらがなとカタカナで書かれた荒井良二氏の絵本「たいようオルガン」を採用しています。

 本を開けると見開き2ページに、大きな太陽がオルガンを弾いている黄色い原色の世界がど~ん! どの絵も見開き2ページにはみ出すようにパワフルに描かれており、ページをめくるごとに黄色、黒、オレンジ、ブルーなどは鮮やかな色彩が飛び込んできます。(……)実際、曲の構成に大きい影響を与えたのは言葉ではなく、その強烈な色彩でした。圧倒的な色彩感をいかに音楽で表現するか、わくわくしながら作曲しました。

◆ルクス・エテルナ~永遠の光
 学生時代の憧れだった3管編成のオーケストラで、納得のいく作品を書いておきたいという思いが強くあり、「呼吸する大地」に続いてチャレンジしてみました。2010年にオーケストラ復帰後、私のスタイルはほぼ一定しており、同形反復を中心とし、過度な技法や装飾を取り除いて、響きの豊かさを追求しています。調性は用いませんが、協和音程は意図的に多用しています。(……)この作品では初演時に、容赦なく厚いオーケストレーションで作曲したらどうなるかという実験をしてみたのですが、やはりモノには限度がありました。今回の改訂ではオーケストレーションの音量バランス配分にかなり時間を割きました。

 木下さんは、かなり以前から奇を衒わず個性的に美しく」ということを基本とされています。〈現代音楽〉ではなく、それとはやや異なる美学から、むしろ〈現代の音楽〉と呼ぶべき音楽がここにあると思います。

 
  【関連資料】
M-147)木下牧子作品展4 ピアノ・プラス ─ピアノ回帰宣言─ (20171018日)
M-136)脱「現代音楽」へ向かって オーケストラ・プロジェクト2016201697日)
M-128)木下牧子<もうひとつの世界> (20141124
M-127)贅沢なコンサート“The Chorus Plus II” (20141013
M-82) 〈現代音楽〉と〈現代の音楽〉 木下牧子作品展3 〔室内楽の夜〕 (20081011日) 

 
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