E-35  


  
 泥 棒 博 物 館

 


加 藤 良 一
 

 


 ロンドンにある大英博物館には歴史的な美術品や遺産が納められている。以前は絵画などもあったらしいが、それは別の美術館に移設し、博物館に徹したようである。
 数年前この博物館を訪れ、ギリシャ・ローマ、エジプトのコーナーを中心に見学した。なんといっても目玉となる展示物は、入口のすぐそばに置いてあるロゼッタストーンであろう。さらに、ミイラやギリシャのパルテノン神殿の彫刻など、丹念にながめているといくら時間があっても足りなかった。

 ロゼッタストーンは、
高さが114cm、巾が72cm、厚さ28cm、重さ762Kgの黒い玄武岩で、さほど大きな石ではない。ナポレオン率いるフランス軍が1799年エジプトへ侵攻したとき、ナイル河口のロゼッタ村から掘り出したものである。
 ロゼッタストーンに彫られた細かい文字は三つの層に分かれていて、上から順にヒエログリフ、デモティック、ギリシャ文字と並んでいる。
 ヒエログリフは、紀元前3千年頃にエジプトで発明された象形文字である。ラテン語の「神聖な=ヒエロ」と「刻み込む=グリフ」という意味をもつ。そんなところから、日本語では「聖刻文字」と呼ばれてもいる。ちなみに、支配階層などを意味するヒエラルキーの「ヒエラ」と同源である。

 デモティックは、ヒエログリフを簡略化した文字で、民衆の言葉という意味。ギリシャ文字が書かれていた理由は、ロゼッタストーンが作られた時代のエジプト支配者階級が使っていた言葉だからということのようだ。当時のプトレマイオス王朝は、人種的にはギリシャ・ローマ系で、ふだんはギリシャ語を喋っていたという。
 ロゼッタストーンは、そこに彫られたヒエログリフを解読することで、古代エジプトの文字が判明したという歴史的にたいへん貴重なものである。しかし、皮肉なことに本家エジプトの博物館には、「本物は大英博物館にあります」と書かれていて、そこにはロゼッタストーンのイミテーションしか置いていないというから変な話しだ。
 ロゼッタストーンにかぎらず、大英博物館のどの展示物をとっても、どうしてこんな場所にあるのかと思うようなものばかりだ。つまりは、その昔、世界各地から戦利品として略奪してきたのである。イラクでの美術品略奪騒ぎを見るにつけ、歴史は繰り返すのかと思わざるをえない。
 そんなわけで、この世界最大の博物館は、別名「泥棒博物館」と陰口を叩かれるのである。

 大英博物館までわざわざ行きながら、ロゼッタストーンを見逃したと残念がっておられる方からヒエログリフに関する話題を送っていただいた。その話題とは『ヒエログリフへの誘い』であった。その小文は、吉成薫(よりなりかおる、昭和女子大学・エジプト学)氏が雑誌「図書」の近刊に投稿されたものである。

ここでちょっと脱線するが、『ヒエログリフへの誘い』の“誘い”は、「さそい」などと読まず、ぜひ「いざない」と読んでいただきたい。ひと昔まえの話しだが、日本細菌学会で「臨床細菌学への誘い」と題する教育講演があったとき、これを「さそい」と読んで失笑を買った御仁がいた。日本語はじつにややこしい。
 さて、吉成氏によれば、近ごろ町では古代文字が流行っているそうだ。とくにトンパ(
東巴)文字という、中国雲南省のナシ族がいまから千年ほど前に作り出した表意象形文字が、若い人たちのあいだで人気があるらしい。
 この文字は、「生きている象形文字」とも称され、デザインや絵柄の面白さがうけているという。
たとえば、ある飲料会社から売り出されている「日本茶玄米」という名のお茶のボトルに使用されている文字が、じつはトンパ文字だという。見た目には文字というよりイラストに近い感じがする。

 古代文字でやりとりするといっても、文字をたんに日本語的に並べて楽しんでいるらしいが、はるか太古の時代へ思いを馳せるのも、また楽しいものである。

 

(2003年4月30日)




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