M-168-3

 



そ の (さん)

3


加 藤 良 一

2020121




尾高家の持ち駒 平九郎、悩んだ末に栄一の養子へ


村で人気のイケメン平九郎

見立て養子


尾高家の持ち駒 平九郎、悩んだ末に栄一の養子へ


 はなしが前後するが、そもそも渋沢栄一の養子になる前の尾高平九郎は、小さな村とはいえそれでも名主見習いだった尾高勝五郎やえ夫婦の元、新五郎長七郎ちよに続く三男として弘化4年(1847)に生まれた。

 尾高家は、栄一が住む武蔵国榛沢(はんざわ)血洗島(ちあらいじま)(現・埼玉県深谷市)の隣り、下手計(しもてばか)という村で農業のかたわら雑貨商も営んでいた。長男新五郎は水戸学(※)を学び、167歳の頃には、渋沢栄一渋沢喜作成一郎:のちに彰義隊発足時の頭取となる)などをはじめ一族の子どもたちの師匠格となり学者先生とも呼ばれていた。また、次男長七郎20歳で神道無念流の奥義を皆伝され、その早業は北武蔵の天狗の化身とまで噂されていたという。


※ 
水戸学とは、江戸時代常陸国水戸藩(現在の茨城県北部)で形成された政治思想の学問である。儒学思想を中心に、国学史学神道を結合させたもの。その「愛民」「敬天愛人」といった思想は吉田松陰西郷隆盛をはじめとした多くの幕末志士等に多大な感化をもたらし、明治維新の原動力となった。


村で人気のイケメン平九郎
 三男平九郎の大きな眼や丸みを帯びた頬は母親ゆずりで背丈が高かったのは父親譲りだった。下に妹がいるものの男子の末っ子として、年長者の圧力をつねに受け批判、抵抗の精神が形成されていった。田舎の小さな村では、この紅顔の美少年はひときわ目立つ存在となっていた。

 事実かどうかはさておき次のような逸話が残されている。
 尾高家は農業とともに商店を営んでいたから、平九郎が店番をする日には女性客が増え、売り上げが倍増したという。また、当時の手計村では男子外出禁止の日があり、そんな日には、「平九郎さん今日はきっとお家に居なさるよ!」と、村の女の子たちは、家の中を覗こうと集まってきた。さらに剣道の試合があれば、イケメンの風貌と長身の偉丈夫に魅せられた女性応援団の黄色い声援が飛び交ったという。
 そんな平九郎ではあったが、尾高家においてはあくまで一家の持ち駒的存在だった。このあたりの事情は『彰義隊落華─渋沢平九郎の青春─』(渋沢華子著)に詳しく書かれている。以下に華子の著書から引用しながら話しを進める。

見立て養子
 ちよは安政5年(1858)に栄一と結婚した。慶応3年(1867)1月、その栄一が突然フランスへ行くことになり、栄一からちよ宛てに届いた手紙にはつぎのように認められていた。

見立養子無之而ハ不相成候ニ付、平九郎事養子之ツモリニイタシ置候間左ヨウ御承知可被成候

 幕府の取り決めによって、洋行する場合には見立て養子が許されていたのだ。ちよは、あまりの青天の霹靂に呆然としたが、「そうだ、平九郎が士分になれるのだ」と気を取り直した。

 平九郎が帰宅すると、その後を追うように渋沢家の下男が跳んできた。
 「た、たいへんでごぜえますだ。若だんなさまがイテキの国に行きなさるそうだで。すぐさま中の家(なかんち)に平九さまとおいで下されとっ」
 応対した新五郎は平九郎と顔を見合せ、「へえ…。夷狄(いてき)の国に栄さんが? どこの国に行くのだろう…」
 平九郎は他人事のように聞いていたが、その夜、あれこれ考えるうちにもはや逃げられない一大事と悟り、諦めの境地に陥った。当事者ではあるものの三男である平九郎に発言など許されなかった。養子候補としてそこに黙って座しているしかなかった。

 翌日、中の家に出向いた平九郎は、そっけない態度に終始していた。見かねた中の家の家長市郎右衛門
 「おう、平九、お前の一身に関わることになるかも知れんに、冷やかに振る舞うものでないぞ」
と言われてしまった。しかし、逃げるように去って行く平九郎の後ろ姿に、市郎右衛門は、平九郎は士分になるのを望んでいないと読み取った。


 平九郎がいよいよ栄一の見立て養子になることが本決まりになると、姉ちよは、平九郎が養子になるということは弟が自分の息子になること、栄一の留守居役として江戸詰めになること、江戸にはお武家様の美しい娘ごがたくさんいること、などなどを晴れがましそうに話した。
 平九郎は茶をすすりながらただ不愛想に黙り込むばかりだった。

(つづく)


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【 公 演 】
2020年5月23日(土)
2021年2月6日(土)

深谷市民文化会館 大ホール

ホームページ  
https://www.unist.co.jp/heikuro/

 



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