M-168-10

 



そ の (じゅう)

10

加 藤 良 一

2020315



決戦準備に奔走する平九郎
平九郎 中軍の組頭に
大花火の空筒で偽装

平九郎 猟師も引連れ出陣


決戦準備に奔走する平九郎

 歌劇<幕臣・渋沢平九郎>の出演メンバー、佐藤裕子さんのご尊父町田尚夫さんが、『青淵(せいえん)』に投稿された「奥武蔵に澁澤平九郎の足跡を探る(上・下)」および「渋沢平九郎の遺芳(いほう)を偲ぶ─越生町に遺るゆかりの品─」は、奥武蔵研究会会員として、ご自身足を運んで確認してきたことにもとづいて書かれている。『青淵』は、渋沢栄一記念財団発行の月刊誌、主に渋沢一族に関連した情報を掲載している。飯能から吾野、越生にかけての地域はこの研究会の主な活動エリアである。
 町田尚夫
さんについては こちら を参照願いたい。
以下、折に触れ町田さんの記事を引用させて頂く。


平九郎 中軍の組頭に
 振武軍の編成は、渋沢成一郎(喜作)を筆頭に、前軍、中軍、後軍を組織した。重要な会計頭取には榛沢(はるさわ)新六郎があたったがmこれは尾高惇忠(じゅんちゅう)つまり新五郎の変名であった。(昔の武士は長ずるに従って名前を変えたり変名を使ったり、さらに雅号や屋号で呼んだりと複雑である。)
 歌劇<幕臣・渋沢平九郎>の主人公渋沢平九郎は中軍の組頭として加わっていた。惇忠の弟である。振武軍は田無から箱根ヶ崎に移った頃には隊員数は600人を超える規模になっていたが、さらに、その後江戸から逃れてきた彰義隊兵士などが合流、瞬く間に倍増していた。


大花火の空筒で偽装
 振武軍は、奥秩父の山々を背にした飯能の地に戦陣を張った。対する官軍は数千を数える大勢力で武器も十分に備えていた。さらに遠方まで手を回し、包囲網を整えていた。悲しいかな、勝ち目は薄い。しかし、大義を掲げてここまできた以上、今さら引くことはできない。如何にして戦うか…。

 慶応4年/明治元年(1868)5月20日、羅漢山山頂に見張り台として高さ十間の櫓を建てた。平九郎はその上から猟師が現れるのをじりじりしながら待っていた。猟師はもとより侍ではないが、鉄砲の扱いに関しては侍より上である。予め百人ほどの猟師に協力を依頼してあったのだ。だが、朝から櫓の上で待ち焦がれた猟師は昼過ぎになっても現れなかった。

 平九郎は一旦本陣に戻ってはみたものの諦めきれなかった。気を取り直し夕刻あらためて櫓に戻った。
 その時、薄暗がりの山道にわずかな人影らしいものが見え隠れした。来たっ、やっと猟師が来てくれたのだ。はやる気持ちを抑えながら平九郎は山道を駆け下りて行った。それは、60名ほどの猟師たちの隊列であった。この一帯は徳川家の所領だったこともあり、村びとはそれなりに幕府に好意を抱き肩入れする気持ちがあったのである。

 男たち一行は大きな筒を抱えていた。なんとそれは大花火打ち上げ用の大筒だった。これをいくつも立てておけば、敵は大砲と勘違いして仰天するのではないかというのである。張りぼてではあるが、名案だ、何もないよりましだろう。早速櫓の周囲に並べさせた。一区切りをつけた平九郎が、本陣の能仁寺に戻ると、迎えた成一郎(喜作)や惇忠らに、大勢の猟師を集めたことを褒められ、苦労した甲斐があったと喜んだ。


平九郎 猟師も引連れ出陣
 5月21日午後、平九郎は猟師などを加えた一軍を率いて顔振峠に向かった。
 武州にはそれなり武芸の達人がいた。例えば、比留間大五郎という甲源一刀流の剣客は、振武軍が飯能へ向かうきっかけを作った。彼は、一橋家に仕え慶喜を守護せんと彰義隊を経て振武軍に加わった武道家である。また、天然理心流という流派に学ぶ者も多く、猟師百姓といえども一通りの剣法は嗜んでいた。振武軍には百姓や浮浪人が混じっていたが、官軍といえども決して侮れるものではなかった。


顔振峠(かあぶりとうげ)は、奥武蔵の東部、埼玉県飯能市と越生町にある峠。標高500m。峠には三軒の茶屋がある。晴れた日には東に大宮副都心の高層ビルなどが見渡せる。
 平安時代、源義経が京落ちで奥州へ逃れる際、あまりの絶景に何度も振り返った、また、お供の武蔵坊弁慶があまりの急坂に顔を振りながら登ったなどが由来と言われている。また、冠のようにとがった山があることから、その冠が濁って顔振(かあふり)となったとも言われている。
 過去に「こおぶり、こうぶり」とも呼ばれたが、地元では「かあぶり」と呼ぶことが多かったため、現在では行政でも「かあぶりとうげ」で統一しているとWikipediaにある。


 飯能
は、武蔵野の平野が秩父や奥多摩に向けて徐々に高くなるあたりに位置し、東側の江戸に向けたところだけが開けており、いわば自然の要塞のような形をしている。


(つづく)


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【 公 演 】
2020年5月23日(土)
2021年2月6日(土)

深谷市民文化会館 大ホール

ホームページ  
https://www.unist.co.jp/heikuro/

 



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